嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしむかしねぇ。

お金を積立ててさい、お講ば仕立ててさい。

そうして、

「一生のうち一遍なお伊勢様にお参りせんばねぇ」て言うて、

誰【だい】でんそぎゃん決めとんしゃったてぇ。

そいぎぃ、ある時もう、

「ちょうどもう、六十にもなったもんじゃい、

誰でん連れ立って、お伊勢参りしてから死のうでぇ、

ていうごと、誰でん参【みゃ】あろう」て、言いおんしゃったて。

ところが、

その男はお金もなければ、

チョッと年がら年中、貧乏ばっかりして暮らしておったもんだから、

そのお金の貯【たくわ】えはないし、そいからお講にもかたっとらんじゃったて。

そして、

山の木や柴どん取って来ては町さい売いぎゃ行たて、

その日暮らしをしおったて。

そいぎぃ、

「あんたあ、お伊勢参り行こう。今度【こんだ】あ行こう。

もう、お伊勢参りはせじぃ、ちぃ死んばい」て、お友達が言んしゃたいどん、

「いんにゃあ、私ゃ参あいえん。お連れしわいえん」

て、もう参ありゃあえん、て決めとった。

そして、今日も薪取いぎゃ行きんさったぎぃ、

何時【いつ】ーうでん古【ふる】ーか沼の側ば通って来【き】よんさったて。

その沼の側の土手ば通いおんしゃったぎぃ、

きれーいか女【おなご】の、若【わっ】か女の出て来たてばいのう。

そうして、

「もし、もし」て言うて。

「あら、私ゃあ」

「はい。あの、あなた様はお伊勢参りをしんさっでしょう」

て、聞いたら、

「いやー。私は銭【ぜん】のなかけん、お伊勢参りはしわえん」

て言うた。

そいぎぃ、

その娘さんが、

「そうですかあ。お金のことなら心配いりません。

私【あたし】がお伊勢参りする分のお金のいるのを工面をいたしますから、

お伊勢参り行って来んさい」て、言うたて。

そいぎぃ、

「お金しゃがあっぎぃ、お伊勢参りしても良かばってん、

隣近所誰【だい】でん揃うて行きんさっけん」

て、言んさったら、

「そいぎ早速、ここにお金があります。

この袋の中にねぇ、フーッて息を袋に吹き込んで、

『幾らお金が欲しい』て言えば、すぐお金ができますよう。

この袋を差し上げますから、行ってお参りしてください。

そのかわり私が用事をお頼みしたいですが、それを聞いてくださいますかあ」

て、言うたて。

「そりゃあ、お金まで貰うないば、そぎゃん用事ぐりゃあしなくちゃなたあ」

て言うて。

「そいぎぃ、お願いします。

そいぎですねぇ、ズーッとお伊勢さんに行く途中に

大きな大きな琵琶湖ていう湖があります。

そこが私の実家です。

そこに行って『シャン、シャン、シャン』て、三つ手を打ってくださると、

そこから年取った私の姉さんが出てくると思います。

そいぎぃ、

その時この姉さんに、私の手紙を届けて戴きたいです。

そいだけしてくださればいいです」て、言うちゅう。

「そんなこと、お安いご用。

お金さえ工面して戴ければ、そりゃあ、お安いご用だから、いたします。

承知いたしました。お引き受けします」

て言うて、そのお手紙を懐に入れてお家【うち】に帰んしゃったて。

そして嫁さんに、

「おい、おい。俺【おい】もお伊勢参りばしわゆっごたっ」

「そいぎぃ、お金どまあ」て、言んさったぎぃ、

「お金はねぇ、何【なん】じゃい言付かい物【もん】ば頼んだその方が、

『お金ば出【じ】ゃあてくるっ』て、言んさいた」

て言うと、

「そうねぇ。そいぎぃ、良かったねぇ」

て言うて、嫁さんも喜んでくいたて。

そいぎぃ、

ご近所の皆と一緒に出かけようと、賑【にぎ】やかに行きんしゃったて。

そうしてもう、何日も何日も、もう、何日もかかって、

ズーッと山越え野越えして行きんしゃったぎぃ、

大きな湖の向こうに広々見えかかったて。

そいぎぃ、お友達に、

「チョッと私ゃ言付い物をしてきたけん、チョッと皆さんに遅れます」

て言うて、そこで別れて、

大きかここが琵琶湖ていうとじゃろうかあ、海のごと広かー、

と思う所に来たところで、

「シャン、シャン、シャン」て、三つ手ば打ちんしゃったぎぃ、

ほんなこて【本当ニ】、もう年のころ五十ばかいの、

わりに老【ふ】けたお姉さんのヒョローッと、

きれいかとの出て来【き】んしゃったて。

そいぎぃ、

懐に仕舞っとった手紙ば出して、

「これは妹さんからのお手紙です」て、出したて。

「そうですか。あちらからお出になりましたか。

そりゃ、長い道中お疲れさまーで」て、

丁寧に言うて、その手紙を早速封ば切って、こう読みよんしゃったて。

そうして、

頷【うなず】いたり涙を流したりして、笑ったりして、その、

読みおんしゃったて。

そうしてねぇ、

読み終わったら、

「ほんにわかりました。私の末の妹が、遠い九州にお嫁に行ったから、

どんな所に行ったのか、家【うち】で本当に心配して、

それはそれは心配しておりました。

でも、このお手紙で幸せに暮らしていることが書いてあって、

本当に安心しました。

チョッとお待ちください」て言うて、

もうサラサラサラって、手紙をしばらく書きとめて、

そうしてまた、

封筒に入れて、

「どうぞ、これを妹に、『お返事』て言うて、やってください」ち言【ゅ】うて、

言いつけんさったて。

そうして、

「その、道中のお礼は、妹がしてあると書いてありますが、大丈夫ですか」

て、言んさったけん、

「はい。もう沢山のこと戴いております」て、言んしゃったら、

「そうですか」て、言うたら、

何時【いつ】んはじゃじゃい【何時ノ間ニカ】見えんごとなっとんさった。

そいぎぃ、

お友達と早【はよ】う会わんばにゃあ、と思うて、

急いで行きんさったぎぃ、

お伊勢さんの手前ん方の土手に皆は腰掛けて、

「お前【まい】、遅かったねぇ。大方、半日以上待っとったばーい」

ち言【ゅ】うてから、皆と一緒にお伊勢参りして無事に揃うて、帰んしゃったて。

そして、

あの山に薪取いぎゃ行きよっ所の沼さい行たて、また、

「シャン、シャン、シャン」て、手を叩きんしゃったぎぃ、

あのきれーい娘んごたっ嫁さんの出て来たけん、

「これは返事です」ち言【ゅ】うて、

渡しんしゃったて。

そいぎもう、

恐ーろしか喜んで、あの手紙を急いで開いて見て、

「ああ、私もこいで安心した。ほんに有難かった。

有難うございました」て、言うてから、もう大変な喜びやったて。

そいであの、何遍でん言うごとあっけど、

全部【しっきゃ】あ銭な使わじぃ一枚【いちみゃ】あは残しときんさいのう。

一枚あ残しとかんぎぃ、お金は溜まらんよう」

て、その沼の娘さんな言んしゃったけん、

「はい。それはわかっといます」ち言【ゅ】うてから、家【うち】さい帰ったと。

そして、

「嬶【かか】、ほんに良かったあ。

ほんにお伊勢さん参【みゃ】ありゃあ、やっぱいせんばらんやった。

お伊勢さん参あいの願いの適【かの】うて良かったばい」て言うて。

そうして、

「これはいっちょは、『使わじとっとかんばあ』て、言うことじゃったあ」

ち言【ゅ】うて、その銭の出る袋は嬶さんに渡したちゅう。

ところが、その男の嬶さんな、その翌日、お金はまた溜まろうで思うて、

もうひっくい返【かゃ】あて、みんな使うてしみゃいんしゃったて。

そいぎぃ、

そいから先ゃ、幾ら袋ば叩いても、

息は吹きかけてももう二度とお金が溜まらんじゃった、ということです。

[一二七  本格昔話その他]

(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P396)

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