嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)
むかーしねぇ。
ある所に長者の夫婦がおんさったてぇ。
お金は沢山あるし、物はいっぱいあるし、もういうことはなかったて。
ところが、
この長者さんには子供がなかったから、
「子供が欲しいなあ。子供があっぎ良かいどん」
て言うて、近くの観音様に百日の願を立てて、
「私【あたし】どもに子供をひとりお授けください」
て言うて、願いを立てとったら、
案の定、その嫁さんに女の子が生まれたて。
そして、その長者は、
「ほんに病気もせじぃ、丈夫に育って、長生きをこの子がしてくるっごと」
ち言【ゅ】うて、
「お千」ち言【ゅ】う名前ばつけんさったちゅうもんねぇ。
そうして、
この長者夫婦は、もう右の者が左にもせんごとして、
「お千、お千」ち言【ゅ】うて、蝶よ花よとして育てんさったて。
そうして、
この娘の年頃になったぎ恐ろしゅうきれいか娘になったちゅう。
そうして、近所近辺では、
「お千がきれいかか。観音様がきれいかか」
て言うて、歌い文句にまでなっごと、きれいか娘に成長したてやっもん。
そいで、
その歌声が長者さんの耳に入ると、長者さんは気になってさ、
「家【うち】ん娘がきれいかくさい」
て。
「きれいかに決まっとっ」
て、こう惚【うぬぼ】れとんさったて。
ところが、ある日、
観音様に拝むと、
その辺【へん】を通りかかったお母【か】さん達が、
「観音様ば拝むぎぃ、観音様はやっぱい美しか。後光がさしよんもんねぇ。
何【なん】ともいえぬお姿ねぇ」て言うて、通いおったて。
そいが長者さんの耳に入ったもんじゃい、
うぅん、家【うち】ん子が美しかと思っとったとこれぇ、
と思うて、
夜の明けんうち行たて、長者さんな青松ば持って行たて、
コッソイ観音様ば真っ黒なっように、燻【くすぶ】んさったちゅう。
そいぎねぇ、観音様に行たてみたぎねぇ、
真っ黒燻【すぼ】っとっちゅうもんねぇ。
そうして、ところがねぇ、
家【うち】へ帰ってみたらねぇ、娘のお千が、
「痛か、痛か。顔のヒリヒリすっ。
痛か、痛か」ち言【ゅ】うて、床の中で泣きおっちゅう。
そいぎぃ、
「どうした。どうしたねぇ」て言うて、両親かけよって見たぎぃ、
顔半分な真っ赤なほやけ【アザ】のできて。
そうして、
「痛か、痛か。ヒリヒリすっ」て言うて。
そいぎ
親達は、
「困ったない。こりゃ、どぎゃんしゅうかあ」て言うて、
お医者さんにもかかい、薬も高【たっ】かとばつけてやいしたけど、
どんなにしても、その片方のほやけはなくならんじゃったて。
そいぎ村ん者の、
「あの長者さんなまた、観音様のお顔を真っ黒燻【くすぶ】んさった罪たいねぇ。
ああー、恐ろしかあ」
ち言【ゅ】うて、噂しおったと。
そいばあっきゃ。
[一二八 本格昔話その他]
(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P398)