嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしむかしねぇ。

恐ーろしか分限者のおってねぇ、

そこん辺【たい】いっぴゃあの長者さんちゅうて。

崇められとったてぇ。もう田圃も広か、畑も広か、

庭の池ていうぎぃ、湖んごと広か池やったて。

そいで、

長者さんは駕籠【かご】に乗ってねぇ、そうして、

田圃の田植えとか、稲刈りとか見回りすっごとしおんしゃったて。

そいどん、

時には旱魃のきて米の取れんじゃったいしよったけん、

何時【いつ】ーでん水難儀をせんごとと思うて、堤を造っごとなったて。

そいぎぃ、

「堤を造るとは案外長【なご】う年月のかかって、

人手もいってお金も沢山【よんにゅう】いったけど、

長者さんなればこそ立派な堤のできたあ」ち言【ゅ】うて、

村ん者な喜びよったちゅうもん。

そいぎぃ、

いよいよ堤の堰【せき】止めばして、でき上がったもんじゃっけん、

堤の壊れんごと祈祷師ば雇【やつ】うて、

「お呪いお祓いをしてもらおう」て、言うごとなって、

その堤のでき上がった祝いの日がやってきたて。

そして、

祈祷師さんのお呪いどんして、皆で酒どん振る舞うて、あの、

堤のでき上がったお祝いをしたて。

そして、

あの、長者さんの家【うち】は大体はねぇ、もう、

軒まで銀杏【いちょう】で葺【ふ】いてあるのか、

火が出るぎねぇ、他所【よそ】はつん【接頭語的な用法】燃えても

長者さんの家はもう、水がパーッと、吹き出て

火はきゃあ【接頭語的な用法】消ゆっごと、

そぎゃん仕掛けまでしてあったてじゃんもん。

そぎゃん立派な家【うち】やったて。

そうして、

堤がそん時ゃでき上がって、

恐ろしか酒も沢山【よんにゅう】樽で寄せて皆が飲んだて。

長者さんにも酒ばやって、

祈祷師さんも、

「もう祈祷もすんだけん」ち言【ゅ】うて、

もう精一杯振ん舞われて、両方どめ酔うとんさったて。

そいぎぃ、

そん時に口論になって、

「俺は、この堤ば造って、立派な堤じゃなあ。立派だなあ」

て、皆褒めん者【もん】ななかぎぃ、

「私【わし】が、堤ば造った。俺が造った」て。

そいぎまた、

祈祷師さんが、

「いや、私【わし】ここはあの、堤の堰【せき】は壊れんごと祈ってくいたあ」

「いや、私【わし】が造ったあ」

「堰が壊るっぎ何もならん。

私【わし】が、堰が壊れんごと祈った」

ち言【ゅ】うて、恐ろしか口論になったて。

そうして、

恐ろしか二人が争ってねぇ、

おったぎ

祈祷師がねぇ、

「そんならば呪いで一遍壊してみゅう」

ち言【ゅ】うて、悪か呪いばしたぎもう、

水が漫々【まんまん】と湛【たた】えた堰がねぇ、

一段崩れてターッて流れてしもうたて。

そいどんもう、

二人は争うた後、長者ももう、後には引けんじゃったて。

もう酒はまわっとるしね。

そいからがねぇ、

田圃には水は入【はい】らんし、もう堤はこさえたけど、

もう長年月と人件費も沢山かかって

二度とその堤を造る元気はなかったて。

そいから先ゃ長者さんの家は、

ズーッと落ち目になってね、

とうとう仕舞いには後継ぎ者もおらんごとなって、

屋敷跡だけ広々と残ったてよう、て言う。

そいばあっきゃ。

[一二六  本格昔話その他]

(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P395)

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