嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしむかし。

ある村に一(ひと)人(い)の男がおったてぇ。

そうして、

川水で体ば、洗(あり)いよったちゅうもん。そいで、

そこん辺(たい)着物ば脱いどったとのねぇ、

もう上がろうで思うて、どぎゃん探しても

見えんちゅうもん。ここじゃなか、

こけぇ脱(に)いだごとあったいどん、と思うて、

キョロキョロ探すどん、いっちょんなかて。

あったぎぃ、向こん方ば、反対の方ば見たぎねぇ、

木の陰、一(ひと)人(い)の女(おなご)の

その男の着物ば、

「ほれ、ほれ。着物は、ここ、ここ。」

ち言(ゅ)うて、ヒラヒラさせよったて。

そいぎぃ、そん男は、

「いたずらせんで、早(はよ)う返してくいろう。

俺(おい)のとぞ、そりゃあ」ち言(ゅ)うて、

一生懸命頼むどん、女が逃げ回っちゅうもんねぇ。

そいぎぃ、男は、ああ、あの女(おなご)は

自分に惚れこんだばいなあ、て思ったてぇ。

どぎゃん返せち言うても、返さんもんじゃい、

「お前(まい)が、その着物ば返してくるっぎぃ、

俺(おい)の嫁さんにすっぞう」て、

こう言うたぎねぇ、その女が、

「本当、誠(まっこと)」て言うて、

じきその男の側(そび)ゃあ来て、

着物ば後ろから着せてくいて、

ひっちいて離れんちゅう。

そいぎぃ、その男もあぎゃん言うたもんじゃっけん、

仕方なしその女ば連れて帰って夫婦にならしたて。

あいどん、この二人は夫婦になってから、

仲良(ゆ)う田の仕事も畑の仕事も、

二(ふちゃ)人(い)出て仲良う働きよったてぇ。

あったぎぃ、夏になったぎ男が、

もう上方さい行かんばらん

用事のできたてじゃっもん。

俺は、上方さい行かんばらんけん、

一時(いっとき)家(うち)ば留守にせんばらん、

と思うてね。ところが、

この男の畑に太か桃の木のあったて。そいぎぃ、

この由来(ゆわれ)ばいっちょこの嫁に

聞かせとかんばにゃあ、と思うて、

「こい、嫁やあ」て。

「こりゃなあ、むかーしむかし、

この村に恐(おっそ)ろしか洪水の出た。そん時、

神様のお告げでさ、植えられた桃の木ばい。

そうして、この桃の木の実の生(な)っさあ」て。

「もう、春、夏て、実のおいしかとの生っと。

この実ば食ぶっぎぃ、

また以前(しょてん)ごたっ洪水の出(ず)っ」て。

「そいけん、絶対この神さんの桃の木じゃっけん、

実を食べちゃいかんていう言い伝えのあっけん、

この桃の実ば取っごとなんぞ」て、

「どぎゃんこってん、取ってくるっなあ」

て言い置(え)ぇて、男は上方さい行たて、

一時(いっとき)留守したて。

そいぎぃ、嫁さんな留守ん時、畑で働きよったて。

あったぎねぇ、桃の実を取ぎ罰(ばち)の

当たって言うて、繰り返し言うて

行きんしゃったいどん、ぎゃん暑くはあるし、

喉は渇くし、見よっぎあの桃の

美味(おい)しかろうごとっしとっ。

水も滴るごとしとる。

あいばいっちょ食べたこんな良かろうごたあー、

と思うて、見よっぎぃ、

見よっほど桃につられてねぇ、

ぎゃん沢山(よんにゅう)生っとん、

いっちょぐりゃあよかんべぇ、て思うてねぇ、

手ば出(じ)ゃあてポトーッて、もぎい取って、

もうムシャムシャやって食べたて。そいぎぃ、

水分もいっぴゃああって美味しか、美味しか、

頬(ほっ)ぺのうっちゃゆっごと

あつこは美味しゆうして、

ぎゃんとやろうかあちゅうごと、

じき食べてしもうたて。

あったぎぃ、食べ終わったねぇ、山のゴーゴーて、

音んしたちゅうもん。あら、

何(なん)の音やったかあ、

と思う段もなかったて。水の山から湧き出てきて、

逃ぐん間(ま)もなしねぇ、

もう他所(よそ)の村ん人達も逃げはしたおいどん、

その女はねぇ、それっきり見(め)つからんやったて。

水に流されて死んだて。

そいばあっきゃ。

[六九  本格昔話その他]

(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P348)

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