嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしむかしねぇ。

田舎に恐ーろしかもう煙草好きのおんしゃったてぇ。

もう鼻から口から煙(けぶ)りの出ん日はなか、

朝から晩まで、もう咥(くわ)え煙草じゃったてぇ。

もう煙草好き、ぎゃん煙草好きはおらんちゅうごと、

煙草好きのおったて。そいどん、煙草銭は

「人よい稼がんばらんけん」ち言(ゅ)うて、もう、

そりゃあ、その男は働き者じゃったて。

雇われていたても、いっちょん陰日向なしね、

良く働く男じゃったて。そしてねぇ、この男の商売、

樵さんやったて。そいぎ何人じゃい連れして、

山深(ふこ)ーう入っては、

ゾーウコンゾーウコン木ば切って倒して。

そうしてのん気で山で暮(くり)ゃあて、

そいが職業じゃったてぇ。

ところが、ある日のこと、

何(なん)じゃい村に寄り合いがあってねぇ、

他の連れの人は「俺(おい)も俺も」ちゅうごと、

いっちょ一(ひと)人(り)ゃ祝言に行かんばらん、

一人ゃ供養のあっちゅうて、

連れは来じ我が一(ひと)人(い)、山さん登らんば。

山ん中(なき)ゃあ一人寂しかにゃあ、

と思うたいどん、我がは仕事なかもん、

樵が仕事じゃんもん、て思うて、

その男は山にゾーウコンゾーウコン木倒しに

行たちゅう。そうしてねぇ、

もう太(ふと)ーか木に取りついてぎぃ、

とうとう薄暗(ぐろ)うなんまでかかったちゅう。

そうして遅(おす)うその木ば倒(たや)あて、

鼻歌交じりで煙草どんくわえながら、

こうーしてテクテクテクテク奥山から下(くだ)って、

我が家(や)さい帰って来(き)よらしたて。あいどん、

何時(いつ)ーでん隅ん辺(にき)に

ばっかいおらんばらんちゅうもんねぇ。

あったぎぃ、その堤ん辺(たい)に

さしかかったぎばーい、

向こん方から細(ほそ)ーってした

おも長(なーん)かとのねぇ、色の白ーか姉さんのさ、

「あのー、あのー」ち言(ゅ)うて、

言うたじゃんもん。ぎゃん山ん中(なき)ゃあ気色に

目の太か美人のおったようー、て思うたぎねぇ、

「何の用なあー」て、言うたどん、

いっちょん根つうさにゃ、側さにゃ寄って来んてぇ。

そいぎ我がその女(おなご)の側さいこう行くぎぃ、

横瀬の草むらじゃっ所(とけ)ぇ草ん辺(にき)さい、

こうちぃ除けて、我が後ろさいはって行く。

そいけん、ああー、おどま樵じゃっけん、

こいから嫌われとっばいなうー、て思うて、

また振り向いてこうして見たぎぃ、

その女(おなご)がニャーって笑うたて。

ほんに良か女じゃったて。女じゃったにゃあ、

ぎゃん山ん中で、話どんしてみたかったようー、

と思うたいどんねぇ。そのままズーッとテクテク、

テクテク坂道を下(くだ)って。

ところがねぇ、そこば下って行きよっ時、

ズーンズーンとすっごとあったちゅうもん。

おかしかにゃあ、なしそがん、

何か恐ろしかごたっ鳥肌たっごとあっかにゃあ、

と思うたぎぃ、すぐその坂の下(しち)ゃあ

茶店のあんもんじゃっけん、

早(はよ)うその茶店に寄って酒一杯飲もうだーい、

と思うて、そうして、その茶店に寄ったぎぃ、

まあーだ婆さんな暖簾ば下ろさじおったて。

そいぎぃ、

「婆さん、婆さん」ち言(ゅ)うて、

「酒ば、いっちょう一杯くれやあ」て、

いうごたっふうでねぇ、酒どん飲んでから、あの、

ソロソロその若い樵さん、話しやったてぇ。

「この上ん方の堤ん辺(にき)ばーい通いよったぎぃ、

良かなよう、チョッと見かけん女(おなご)やった」

て、きれいかった。そいぎぃ、

「うーん。そぎゃんやあ。出て来たやあ、

どぎゃんとの。太かったいどん、

小(こま)かったいどん」

もう婆さんなうるさかごと、あの、

話ばうっかんがす(壊ス)ごと

聞かすちゅうもんねぇ。

「どがん女じゃったあ。臭いのしたやあ」言うごと、

もうこっちが、口ばあの、言う暇なかごと聞かす。

「婆さん。そりゃあ何(なん)のことやあ」て。

「冗談(ぞうたん)のごとお前(まい)。

お前(まり)ゃあ、

良(ゆ)う生きてここまで来たのうー」て。

「ありゃのうー、あつこの堤の主ばい。

あの女に会(お)うた者(もん)は、

生きて帰った者ななかとけ。

お前(まい)さんなくわえ煙草で、煙草の煙りは、

フウフンフウフンしおっけんが、その煙りに、あの、

堤の主ゃあ、まいって除けて行たとばーい」て、

婆さんの話して初めてねぇ、その若い樵ゃ、

「ああー。ありゃあ、蛇の化身じゃったとかあ。

そいけん、この世の者(もん)とも思われんごたっ

美人じゃったもーん」

「お前(まえ)さん、煙草好きじゃったけん

良かったなあ。

ほんに煙草好きも良かこともあんなあ」て言うて、

婆さんな相槌を打たしたちゅう。

チャンチャン。

あのねぇ、煙草ば好いとんしゃったけんね、

良かったちゅう。そがん功徳もあっ。

蛇は出(ず)っところには、こう煙草ばこんなにして、

撒(みゃ)あとくぎ来(こ)んそうですよ。

そぎゃんこと聞いたごとあったです。

[六八  本格昔話その他]

(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P347)

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