嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしむかしねぇ。

そこもお爺さんとお婆さんと、おんしゃたてぇ。

そいところねぇ、ほんに雨の酷い晩に表戸を、

トントンて、叩く音がしたて。

そいぎぃ、出て見んしゃったぎぃ、

きれーか、可愛か女の子がそこに立って、

「私はもう、泊まる所がなくて困っています。

一晩お宿をお貸しください」て、言うたて。そいぎぃ、

「よし。よし。家んごと貧乏で良かったら」て、言うたら、

「何処(どこ)でもいいです」て言うて、

戸口から入(はい)って来て。そうして、

もう、そいから先(さき)ゃ、

甲斐甲斐しくそのへんを片付けてみたり、

掃いたりして泊まったて。

そうして、翌日になっても帰る様子もないて。そいけん、

「何(なん)かお手伝いしましょう」ち言(ゅ)うて、

野菜を取って来たり、お御馳走をこさえたり、

それがまた、美味(おい)しいそうです。

もう、チョッと何(なん)でも申し分ないように、

甲斐甲斐しく働いてくれるもんだから、

お婆さんとお爺さんはコッソリ、

「ほんにねぇ、家(うち)もぎゃん娘のおっぎねぇ、

世話なしばってん。だけど、どうして」と、

言いおんさったら、その娘さんは、

「本当に長く、

ここのお家(うち)に置いて貰って私も助かります」て、

言うじゃんもんねぇ。そいぎぃ、

「願(ねご)うてもなかごと、あんたしゃあ(サヘ)が、

ぎゃん貧乏の家で良かったら」て言うて、

その娘さんは外さにゃあ、あの、ドンドン出歩く様子じゃなか。

野菜どま何時(いつ)のはじじゃい(間ニカ))じゃい取って来っとじゃい、

何時ーでん、家ん中にあって。

そいから、不思議なことには、もう、

裏手の方のお宮さんに毎晩、蝋燭(ろうそく)ば立てぎゃ行きおっ。

そいいっちょは、ほんに不思議かったって。

そうして、長(なが)ーいこと、そこでもう、

可愛か、ほんに可愛か子てじゃんもんねぇ。

お婆さんの古か着物ばもう、出すぎんとに、

もうきれーいに縫い変えてくるってぇ。

そうこうしているうちに、

ヒョッと噂が流れて、

「あすけぇおっ、娘は人間じゃなかーてばーい」て、

いう話が、伝わってぇ。

そうして何時(いつ)も、

娘は外出などはせんで、お爺さんお婆さんには、

「仕事がないから、何(なに)しましょう」ち言(ゅ)うて、

話よったら娘は、

「蝋燭を買って来てください」ち言(ゅ)うて。

もちろん、お宮さんにも上ぐっけど、

その蝋燭にこう、色鉛筆で絵を描くそうですねぇ。

何か知らんけど、鯛の魚(ゆお)を描いてみたり、

禍巻きんごと描いてみたり。

そいがまた、ほんーにきれいかもんじゃいけん、

「あの絵のついた蝋燭ばください。

蝋燭ばください」ち言(ゅ)うて、

人の買いに来(く)っちゅう。そうした上、

「人間じゃなかごたあ。

鱗(うろこ)の付(ち)いとっごたあ」ち、

噂の広がって、町の方から、その、

人買い人間がとうとうやって来たちゅう。そうして、

「蝋燭くださーい」て言うて、

蝋燭買いのようになって来て、

「あの、娘さん。あんた立って歩いてみたらーあ」て、

言うたけど、娘は着物を何時(いつ)でん

ジョロジョロウすっごと、

長(なご)う足首は見えんごとしとったて。そいぎぃ、

「不思議ねぇ」ち。

「その着物も、そぎゃーん長うーしとらんてちゃ、

ちいっと上げたら歩き良かばーい」て、商人は言うたて。

そして表(おもて)でコソコソ、コソコソて、話しおったて。

「ありゃ、やっぱい尾鰭(おひれ)のちいとっけん、

上げて見せられんとやった。

ありゃ、やっぱい人魚に違いなか」て、

いうことば表で話しおうたっちゅう。

「いっちょ買(か)おーかあ」て、

いう相談ばして、そいで、お爺さんとお婆さんにお金ば用意して来たて。

「お宅にいる娘さんを私どめ、売ってくれんかあ」ち、言うたちゅう。

「冗談(ぞょうたん)のごと、お金で、

あぎゃん良か娘ば売りゃあされん」て、

酷う腹かいて、くりんさった(叱ッタ)て。

そいでも、二度、三度、四度、五度て。そして、

「お金を百両でん出すけん、売ってくいろう」て、

責め立てる。そいぎぃ、

お爺さん達は、商人の図太さに負けて、

その娘さんを売るごとちぃなったて。

そいぎねぇ、三、四日ばっかいしたら、

大八車ば持って来たちゅう。そうして、娘さんばねぇ、

「いやだあ。いやだあ」て、泣くとば、

四、五人も太か荒男が押(おし)ゃつけて、檻の中に入れたちゅう。

そうして、そのねぇ、娘さんば連れて行ったちゅうもんねぇ。

お爺さんお婆さんは、あとは見送られんごたって。

娘さんは泣きながら連れて行かれたちゅう。

そいぎぃ、その世話人は、

「良かったあ。これ、百両は千両ぐりゃあなっ。

良か娘、しかも人魚じゃんもん」て言うて、

ほくそ笑(え)んで、

「こりゃあ、中国さい売い渡そう」て言うて、

もうちゃーあんと中国の商人とも約束して、

大きな帆かけ船ば用意してさ、それ積め込んだて。

そして、南風に帆を上げて、船出したちゅうもんねぇ。

中国へ向けて船出して行ったて。初めは渚(なぎ)やったいどん、

沖の方さい出たぎぃ、ソロソロ波の出てきて、

今まで天気が良(ゆ)うして、風一つなかったのが、

もう空は真っ黒く曇って、風が酷う吹いてきたて。

波はもう、船端を越えていくように、

大きな山のような波が押し寄すっちゅうもんねぇ。

「困ったねぇ」と、言ったら、ハッという間に、

大きな波が押し寄せて、その船は、

とうとう海の底に沈んでしもうたて。

その時振い返って見たら、

あの娘がおった山のお宮さんの蝋燭の灯が海に向かって、

明かりが灯っていたて。

そういうことです。

とうとう海に、出っことはなかったばってん、

そのお宮さんに明かりのついとったとはねぇ、

航海の安全を祈って、人魚の娘さんが明かりを灯しおったと。

人のために願って、自分は魚(さかな)の身であっても、

そんなにして船の安全を願っていたけど。

人魚を買って売ろうとした船は海の藻屑(もくず)となってしもうたと。

そいばあっきゃ。

〔三七  本格昔話その他〕
(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P308)

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