嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーし。

金持ちの家(うち)があったてじゃんもんねぇ。

もう、寒か日の夕方、みすぼらしか、

もうおろいか衣のヨロヨロしたとを着たお坊さんがねぇ、

その分限者さんの家ん前に立ちんさいたて。

そいぎんとにゃ、そこの女中さんがねぇ、

正月餅が何時(いつ)まっでん残っとったもんじゃけん、

急いで紙に包んで坊さんに、

「正月餅の残いですが、どうぞ」言うて、

やんさいたと。坊さんな、

「もったいない。有難うございます」と言って、

その家を出んさったて。

こいを火鉢に当たいよった女将(おかみ)さんが、

こいば見てねぇ、

「こりゃあ女中。お前(まい)、

何(なん)ば坊主にやったつかあ」て、

言うたて。女中さんなゴワゴワ、

「正月の餅の何時(いつ)ーでん残って、

あとは黴(かび)の引いてうっ捨っておったけん、

そいば坊さんにやりました」ち言(ゅ)うたぎぃ、

怖(えす)かごたっ顔して、

「そぎゃんとを乞食坊主にやらんに及ばん。

早(はよ)う追っかけて取り返せー」て、言んしゃったて。

気の毒でそぎゃんことは言いはえん、て思いよったいどん、

「お前(まい)がくいたとば取り返えさんちゅう法があるか。

モジモジしおっぎぃ、遠い所(とけ)ぇ行たてしみゃあんさっぞうー」て、

言われて、女中は坊さんを急いで追っかけて行たて。

そして、お坊さんに、

「誠にすまんことですが」て、ここまで言いにくしゃ言うたぎぃ、

坊さんなもう、チャーンとわけのわかって、

「餅ば施したけんくるわれた(叱ラレタ)ろう」と言うて、

紙包みを貰うたままソックリ、

「ほら、持って行きなさい。あなたの温かいそのお心は、

私(あたし)は有難く戴いて行きます。有難ーう、有難ーう」ち言(ゅ)うて、

手を合わせて拝みんしゃったて。

そうして、懐から小さな木綿の手拭いば出して、

「朝晩、これでお顔を拭(ふ)きなさい。

嬉しい時も悲しい時も拭くぎ良か」て、言んさったて。

そうして、ドンドン向こうに歩いて行きんさったて。

そいぎぃ、女中さんなねぇ、色は黒うかごとして鼻はべちゃっと(ヒラタク)して、

娘ではちょっとみたんなかごたっ女(おなご)じゃったもんねぇ。

そいぎぃ、そのお坊さんから貰った手拭いで顔ば朝になっぎ拭きんしゃっぎぃ、

一度一度色が白うなってくっちゅう。

鼻も低(ひ)ーかったとの、

だんだん高(たこ)うなって我がでも

ビックイすっごと美人になっていくちゅうもん。

そうしてもう、三日も経ったぎ女将さんまで、

「気色にほら、きれいになったじゃなかねぇ」て、言んしゃったて。

そいぎぃ、鏡ば見るぎほんなこて、

きゃあ(接頭語的な用法)きれいになっとったて。そいぎぃ、

「私ゃ、何(なーん)も別にしおらんどん、

和尚さんから貰(もろ)うた手拭いで顔を撫(な)でといまーす」て言うて。

そいぎぃ、

「その手拭いば、俺(おい)にもチョロッと貸(き)ゃあてんやい」て、

その女将さんが言うので、

「こいですようー」ち言(ゅ)うて、やんしゃったて。

そいぎぃ、その女将さんはねぇ、

確(たし)きゃあ手拭いに仕掛けのあっとばいて、

こう思うとんしゃったて。そいぎぃ、

その手拭いば借ってからちゅうもんな、

女将さんな鏡の前さい行たて、

顔ば丁寧にコーコー拭きんしゃったちゅうもんねぇ。

「立派になれ。今度(こんだ)あ、若(わこ)うなれ」ち言(ゅ)うて。

ところがさ、色のだんだん黒うなって、

チョッと毛まで生えてきおって。

困ったにゃあ、なし、

俺(おり)ゃあ顔に黒か毛の生ゆっとじゃろうかにゃあ、

と思うて、またコーコー拭きんしゃったぎぃ、

ほんなこて毛もくじゃになっちゅうもんねぇ。

そいぎぃ、オロオロすっごと、もう泣き声になって、

あがんはずはなかえどん、と思っとっぎぃ、

角まで生えてきて、とうとうねぇ、牛になって仕舞(しみゃ)あしゃったて。

そうして、人間の言葉もわからじ涙を

何時(いつ)ーでんボロボロ流(なぎ)ゃあて、

「モーモー、いやーモウ」て言うて、

鳴き声ば出すごとなんしゃったて。

女将さんは良か心じゃなかったもんじゃっけん、

とうとう牛になんしゃったてよう。

そいばあっきゃ。

〔三〇  本格昔話その他〕
(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P299)

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