嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 そいから、「豚息子」題は。

むかーしむかし。

子供のない夫婦が、

もう仕事から帰よんさったて。

そいぎ途中に豚を飼う所があって、

豚が沢山生まれとったて。

ところが、沢山豚の子が生まれけど、

一匹だけねぇ、親豚がもう、

蹴散らかしおっ。

おっぱいをその一匹にはやらないで、

豚の子がほら、可愛そうねぇ、

沢山(よんにゅう)生まれたもん。

たった一匹もう、蹴散らきゃあて、

寄せつけん、ブウブウちゅうて、

鼻どまほたくいやーて、

もう、あらー、ほんに死ぬばい。

おっぱいは飲ませられじぃ、

面倒はみられじぃ、

あんなにいじむんないば。

そいぎ嫁さんが言うことには、

「お父さん、私達(あたしたち)子供がないの。

あぎゃん憎まれとっ、好かれじおっ、

もう外さい投げやらればっかいしよっです。

あの豚は死んに違いなか」て。

「私達、豚でどうあろう。

子供に貰(もろ)うていたて、飼おう」と言って、

外にほいやられている子豚を、

両手で抱えて連れて帰る。

そいから二人でもう、

自分達の食べる食べ物のように、

お御馳走をして、味噌汁もかけて、

もう毎日毎日育てていたて。

そうしよってねぇ、

その豚がだんだん、だんだん立派になって、

「おとなしく悪さもせんし、

ほんにぎゃん良か子じゃったけんねぇ」て言うて、

飼ってるとお父さんもお母さんも、

愛情を抱えてその豚を助くっ。

大方、その豚も青年になっていたようでした。

ところが、ある日、

ヒョッと不思議なことがあったて。

二、三軒先のそこの小母さんが言うことには、

「あんたん所(とこ)には、

あの、立派な青年がおんしゃんねぇ」

「いやあー、私達は夫婦だけですよ」

「いや、確かにあんたん所(とこ)の息子さんよう。

ほら、あつけぇおんっさっ」て言うて、

指差す所を見たら、

豚小屋の方に立派か青年がふっくと立って、

辺(あた)りの草を掃(は)わき掃除を立派にしよった。

「あらー、お前は豚じゃなかったない」ち。

「豚だったよう」と、

その息子が言いました。

そいで、その息子は何時(いつ)も草を取ったり、

辺(あた)りをきれいに何時も掃除をしていたんです。

そうしているうちに、

お寺にお姫様がたったひとりでおられて、

お聟さんを取らんばらんごとなって、

「自分の好きな男性しか聟さんにせん」ち、

とても気の強いお姫さんで、

そういうことがあった。

そいぎぃ、聟選びの札、

広告をお殿様が出しなさったら、

あっちこっちから立派に裃(かみしも)を着た、

もうお侍の人達が申し込んで、

ああ、殿さんになることだから、

お見かけ立派(じっぱ)にしたお侍が行列作って行たて、

申し込んで。

そん時、この豚息子が、もう青年の身になって、

「お父さん、お母さん。

私(あたし)もお城のお殿様になりたい。

お城のあの、変な姫とは違うけど、

聟入りをしたい」て。

「お前のごたっば、

そんなことば言うたっちゃ、

とてーも聞きつけて得んもんか」て、

お父さんは言いました。お母さんも、

「いやー。そやもう、

やめた方がいいよ」と、言ったけど、

「いや、いい。

僕は思ったことは絶対適(かな)えてみせる」ち言(ゅ)うて、

もう普通の百姓の野良着を着て、

地下足袋を履いて、

麦藁帽子を被ってお城に

トットトット出かけて行った。

「あらー、本気やったとばーい。

お城に、あんなのが殿様になり得るもんねぇ」て、

言うておんさったら、

お城に並んでいる他(ほか)の人達は、

「君は何処(どっ)からか」て。

「あつこの百姓家から」

「君のようなのが来たら、

私達は、もう格が下っ。

君のような者は来がいい」て、

皆で除け者にしよったて。

その行列にいちーばん離れて後ろの方に、

控えておりました。

けれども、集まっている人達を見て、

お姫さんはひとーりも好きだという人がなかったて。

ところが、もう早く時間に

間に合うように来(き)ようと思って、

溝を跳び越えてその男が来た時は、

足は怪我して、足から血が出ていた。

そのままにして行列にしていたら、

お姫さんが、

「何(なん)か、

この男に頼もしそうな男性だ」て、

いちばん後ろに並んでいる

青年の側に寄って来らして、

「あなたは足を怪我してるじゃない。

ほら、こいで縛(しば)んなさい」て、

自分の持っていたハンカチを、

模様のハンカチをこの男に渡したて。

「有難う」と言って、

その後の声を貰わなかったから、

野っ原に行っておおむけになって、

そこで一休みしていました。

寝転んでいました。

そこへお姫様、腰元達を連れて通りかかられた。

その男は足を怪我しとった所に、

自分のやったハンカチでゆがいていたのを見て、

「ああ、あの男だ」と言って、

「君、私はあなたを離したくない」て言って、

お城に連れて行かれたて、

いうことです。

本当に、あんな豚であったのが、

人間に立ち返って姫様のめがねにかなって、

お城に、お殿様になることができたて。

そいばあっかい。

〔三  本格昔話その他〕
(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P264)

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