嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーし。

山寺に和尚さんと小僧さんがおらしたちゅう。

でも、その小僧さんないっちょんお経さんば覚えさっさんちゅう。

和尚さんな余【あんま】いのこっでねぇ、

ぞうわきゃあて【腹立テテ】さ、

「お前【まり】ゃ、何時【いつ】になっぎお経ば覚ゆっとかあ。

どぎゃんすっとかあ、

お寺さい来ていっちょんお経は上げえじぃ、本気でお経ば覚ゆうで思わんけんぞ」て言うて、

とうとう和尚さんな腹きゃあてばい、

本堂の柱にその小僧さんば括【くく】いつけんしゃったて。

あったいどん、キュッても何【なん】ても、音でもゴォッてもせんもんじゃっけん、

真っ黒か本堂で真夜中怖【えっ】しゃしよろうだーい、と思うてねぇ、

和尚さんのジイッと本堂さい見ぎゃ行きんしゃったぎぃ、

その小僧ば柱に括【くび】いつけとった所ん辺【にき】行きんしゃったぎさ、

小僧の側にいっぴゃあ、その鼠の這【ほ】うとっちゅうもん。

そうして、その小僧さんな長【なご】うなって寝とんさって。

そいぎぃ、その鼠ば、

「シーイ、シーい」ち、追【お】っこくんしゃっどん、いっちょん逃げんちゅうもんねぇ。

そいもそのはずたい、

その鼠は小僧さんの我が括【くび】られた悲しさで泣ゃあた涙で描きんさった鼠じゃったちゅう。

そいぎ和尚さんな、

「こりゃ、こりゃ。起きれぇ」て言うて、小僧さんば起こしんさったぎぃ、

小僧さんの言わすには、

「この鼠は俺【おい】が、

この括られとっ縄ば噛み切ってくりゅうごと描【き】ゃあとっ鼠じゃったあ。

鼠ば描ゃあたこんな、鼠どんが噛み切ってくりゅうだいと思うて、描ゃあたとう。

あいどん、動く鼠じゃなかあ。涙で描ゃあたけん」て言うて。そいぎぃ、和尚さんのねぇ、

「お前さんなそいぎぃ、動く鼠も描きゆっかん」て、聞きんさったぎぃ、

「はあー。ほんな物【もん】のごと、筆ば貸【き】ゃあてくんさっぎぃ、

ほんな物のごと鼠ば描くぎぃ、その鼠の動くとう」て、

言わしたちゅうもんねぇ。そいぎねぇ、その和尚さんな、

「お前【まい】さんな、お経さんば上ぐっとより絵ば描ゃあたがましばい。

お前は立派な絵の才能ば持っとっ」て言うて、

京都さい上らせて、絵の稽古ばさせんさったちゅう。

その人が雪舟さんちゅう名前で後々まで有名な絵描きさんになんしゃったて。

小僧さんの時やったて。

そいばあっきゃ。

〔二三二B 絵猫と鼠【cf.AT】【類話】〕
(出典 蒲原タツエ媼の語る 843話 P212)

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