嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしむかし。

山のねぇ、

麓の方に一軒家にお婆さんが一人【ひとい】で住んどったてぇ。

もう、そりゃあねぇ、昨日も今日も、

酷う降る晩じゃったてじゃんもんねぇ。

婆さんな夜鍋の仕事もしおったいどん、

ちょうどもう、寝る時と思うて、寝んさったら、

ちょうどそん時分に、裏山の奥からさ、一匹の狼が出て来て、

もうこんなに雨降りばっかいじゃっけん、

餌【えさ】も何【なん】もあいつけん、

あの婆【ばば】をいっちょ取って食うてやろう、と思うて、

裏戸の隙間から見おったちゅうもんねぇ。

そうして、婆さんなねぇ、黒か牛ば一頭飼うとんさったちゅう。

そいでもう、雨の音がザアザア、ザアザアするもんだから、

何【なーん】も外の気配は、物音いっちょせんねぇ、

と思うとんしゃったあて。

ソロソロ瞼【まぶた】が仲良くなって眠うなったてじゃんもんねぇ。

そいぎぃ、狼がねぇ、

「今に食うてやろうかにゃあ、飛び込むかにゃあ」て、

言うたちょうど同【おんな】じ時分に、

お婆さんが独り言ば言うたて。

「降るぞ。漏るぞ。古屋の漏りは怖いもんなあ。

山の狼よいか何【ない】よいかも、恐ろしかあ」ち言【ゅ】うて、

呟【つぶや】いたてぇ。

そいぎぃ、狼は飛びかかろうでしたいどん、

足を引っ込めたちゅうもんねぇ。

俺【おい】よいか恐ろしかとは何【なん】じゃろうかにゃあ、

と思うとったぎぃ、

お婆さんがまたー言うたて。ポチャーンポチャーン音んしたけん、

「降んにゃあ。こりゃ漏るぞ。恐ろしかあ。

狼なんぞもう、古屋の漏っとは較べにならん。

漏るとがいちばん怖【えす】かあ。漏るとが怖【こわ】かあ。

適【かな】わん、適わん」と、こう言うたて。

そいぎぃ、外で聞きおった狼がねぇ、

降るぞ。漏るぞ、ち言【ゅ】うぎぃ、よっぽど強かとばいにゃあて。

どうか、ビクビクしてきたて。

そいぎもう、そいがもう来【く】って、あがん言うけん、

もう今に逃げ出【じ】ゃあたがまーし、

と思うて、もう飛び出そうでした。

ちょうどその所【とけ】ぇ、その場にはさ、

その裏木戸ん辺【にき】にねぇ、

婆さんの家【うち】の牛ば盗【と】ろうだーい、と思うて、

牛盗人も来【き】とったちゅう。

そいぎぃ、裏ん戸口から黒かとの飛び出【じ】ゃあたけん、

こりゃあ折角盗ろうで思うとった牛ん逃げたばい、

と思うたもんだから、

もう、やにわに命がけで尻尾ばつかんで、

タッタッタッでもう、命がけで走る。

狼も、こりゃあ、古屋の漏りが、もうこけぇ来て、

私【わし】の尻尾ばつかんで追い駆けて来【き】おつ、

と思うて、一目散に逃げて、

我が棲家の岩屋ん中に来て逃げ込うだて。

そいぎぃ、牛泥棒はねぇ、

牛が、こぎゃん狭か岩穴ん中【なき】ゃあ入ったばいにゃあ。

折角、ここん中ゃあ追いつめたとこれぇ、惜しかにゃあ、

と思うて、

ジーッと辺【あた】いば、そこばこうして覗いて見たぎもう、

そこん中ゃあ狼の四、五匹もおったてぇ。

そうして、話しおっとば聞くぎぃ、

「ああ、恐ろしかったあ。

古屋の漏りが追っ駆けて来たけん、

それぇ逃ぎゅうで恐ろしかったあ」ち言【ゅ】うて、話しおったあ。

そいぎぃ、そこの牛泥棒が、またそいば聞いて、

「ありゃあ、

俺【おい】がつかまえとったとは狼の尻尾じゃったろうかあ。

良【ゆ】う食【く】い殺されじ良かったあ」

ち言【ゅ】うて、ゾーッとしとったあ。

そいぎぃ、

「あぎゃん狼のしょっちゅう来【き】おっ婆の家【うち】にゃ、

もう二度と行く所【とこ】じゃなかあ」て言うて、

その泥棒もそいから帰って行ったてぇ。

そういうことです、ねぇ。

そいばあっきゃ。

[三三B 古屋漏(AT一七七)] (出典 蒲原タツエ媼の語る843話P10)

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