嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしむかしねぇ。

竜宮の竜王さんがさい、大病になられた。

もうどんな手を尽くしても、もうとてぇも治る見込みはないと。

もう竜王さんの病気は、大変酷かったてじゃもんねぇ。

大抵【たいちゃ】、名医という名医は、

そこん辺【たい】近傍から集めて来んさっても、

自信を持って、

その竜王さんの病気ば治しきる者【もん】はおらんよ。

そいぎねぇ、ある者【もん】がねぇ、ヒョッと言ったて。

「そりゃ、猿の生肝がいちばん効く。

猿の生肝ば取って来て飲ませたら、

一晩で竜王さんは元気になんさっ」

と、いうことを言うたて。

そいぎぃ、

「猿の生肝【いきもの】じゃ。生肝じゃ」て言うて。

「猿の生肝ば取って来ゅうでは、誰【だい】が良かろうかあ。

そうじゃ知恵の多【うう】して頭の太か蛸【たこ】が良かろう」

ち言【ゅ】うことで、

蛸がその使いをすることになったそうです。

そいぎぃ、蛸に言うたら、

「ああ、竜王様のためなら、私【あたし】が喜んで

猿の生肝を取りに行きます」て言うて、

蛸がその使者にたったそうです。

そいぎそのことを、急を用するから大急ぎで蛸はもう、

湯で蛸んごとなって、

竜王さんのためになろう。手柄をたちゅうで思うて、

一心にもう岸に向かってやって来たそうです。

そしたら、良か塩梅に木の上に大きな猿が登って見よったて。

蛸は手を叩いて、ああ、良かったあ。

猿までそけぇ出て来っとたあ、て思うて、

「おい、おい。お猿さん、お猿さん。

私【あたし】が竜宮城見物に連れて行くから、来ないかーい」

て、言うてみたちゅう。

「私【わし】は水ん中は苦手だよう」と、言うもんで、

「いや、いや。そんな心配はせんで良か。

私は頭がこんなにでっかいから、頭の上に、

岩の上に腰掛けていると思って、掛けていたら

見事にじきに竜宮城に着くさ」て、

蛸さんがうまいこと言うたもんで、

「そうかい。そんなに易しいかねぇ。

そいぎいっちょ、一緒に連れて行ってもらおうかあ」て、

言うことで、その蛸入道の頭の上に、

お猿さんは立派と腰掛けて、竜宮見物とやらに出かけたそうです。

そいぎぃ、瞬【またた】く間に竜宮の門まで来て、

門はかたく閉ざされて、皆が心配そうにしているので、蛸は、

「チョッと、ここで待っとれやあ」て言うたので、待っとったぎぃ、

皆がヒソヒソと、話おっ。

そいが、あの、お猿さんの耳に届いたて。

そいぎぃ、聞きよったら、皆が誰【だれ】ということなく、

「竜王様のご病気のためは、あのお猿の生肝がいちばん効く。

そいぎぃ、その猿のもう、そけぇ、門の外に来とってばーい。

良【ゆ】う連れて来たねぇ。良かったねぇ。

こいで治【ゆ】うなんさらんばあ」て言うて。

「可愛そうなことは猿たーい。

我が生肝取られて死ぬてちゃわからじぃ、来とっとよう」

て、話すとの聞こえた。

そいぎぃ、聞きよった猿は、

「あの、通って良か。御【ぼ】門が開くっ」ち言【ゅ】うて、

その大蛸がやって来たそうです。

そいぎぃ、猿はとぼけたような顔をして、

「忘れ物しとったよう」て、高【たこ】う言うたちゅう。

「何をー」て、聞いたぎぃ、

「生肝を、あの木に。

あんたが、『早【はよ】う乗れ。早う乗れ』ち言【ゅ】うもんで、

干【へ】ぇておったもんで忘れてはって来たあ」て、

言うたそうです。

「そいぎぃ、忘れ物は取いぎゃ行かじにゃあ」て、

とぼけて、またとぼけたふうして、とぼけた声して、

あの、お猿ちゃんが言うて。大蛸の頭に飛び乗り、

「トットトット。早【はよ】う急げ、早う急げ」て言うて、

急がせて、もとあった木の所まで来た。

蛸はもう、息どまひっきるっごと【息ガ止マルホド】、

急いだもんだから疲れが出てねぇ、

「木に登っけん、そけぇ休んどれぇ」

て、猿に言われて、休んどったぎぃ、

蛸は疲れが出てコクリコクリ眠気がさしたて。

もとよりお猿ちゃんは、生肝など干【へ】ぇとらんとじゃった。

ユックリ木に登って良かったわけだから、

蛸の側にしばらくしゃがんで蛸の足はかてじゃろう。

一本頂戴。沢山持っとんもん、

一本ぐりゃあ良かろうと思うて、食べてみたら、

恐ろしゅう美味【おい】しか。

「まあ一本、美味しい。

生の蛸ちゅうもんな、ぎゃん良か味すんもんたい。まあ一本」

て言うて、食べよるうち、

八本あるうち、七本までもうち食うてしもうた。

一本ぐらいは残しとかんと可愛そうだなあ、と思うて、

お猿ちゃんは、

いよいよ高い木の天辺【てっぺん】に登ったそうです。

しばらくして蛸は、

「あら、ウッカリつん【接頭語的な用法】眠ぇとったあ」て言うて、

目を覚して、

「お猿ちゃん、生肝はもう、乾いとって取り上げたかん。

もうとり込んだかあ。シッカリ縛ってお出でよ」て言うた。

すると、お猿は、

「あかんべぇ」て。蛸は、

「何【なん】でも大急ぎて帰らんばならんのじゃ、急がんばらん。

早【はよ】う降りてお出で」て、言うたら、

「生肝なんて干さるんもんかい。

体ん中にチャーアンとついとるもんじゃあ。

生肝は取ったい外【はじ】いたいさるんもんじゃなか。

お前【まい】さんな知らんねぇ。アハハハァー」て。

蛸は、

「早う、お出でぇ」と、もう一本になった足か手で招いた。そして、

「降りて、お出で」て、言うたぎぃ、

「その手は食わんよう。

たった一本になったもんねぇ。

その手を食ったらなくなるから、その手は食わんよう」て言うて、

お猿は、嘲笑【あざわらう】とったそう。

それまでです。

知恵が足りないと、こんなことに馬鹿者にさるって、

いうことですね。

[三五 猿の生肝(AT九一)(類話)] (出典 蒲原タツエ媼の語る843話P11)

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