嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしむかし。

山奥の一軒家にね、お爺さんとお婆さんがおったてぇ。

ある日、

二人【ふたい】は餅を搗きおんしゃったてじゃんもんねぇ。

そん近くにはさ、猿が、

「ああ、私も餅を搗いて食べたいなあ」て言うて、眺めよったて。

ところが、家の戸口の隅の方にもねぇ、

まあ一人【ひとい】お客さんがあったて。

狐が来て、

「ああ、私【わし】もお餅を搗いて食べたいなあ」て言うて、

涎【よだれ】をタラータラー流しよったて。

そのうちお爺さんとお婆さんは、搗き上がったお餅を運んで、

お座敷さい持って行たて丸めおんさったて。

そいぎぃ、お爺さんとお婆さんのおらん留守ばめかけて、

猿も狐もそけぇ寄って来たて。

「あら、お前【まい】さんも」

「ああ、私【わし】もだよ。お餅を一遍食べたいなあ」て、

こう、言いよったぎねぇ、

「ちょうど良かった。

爺さんと婆さんがおらん留守、

ペッタンコ、ペッタンコお餅ば搗こうかあ」ち言【ゅ】うて、

残ったお餅をペッタンコ、ペッタンコと、二人で搗き始めました。

じき搗き終わったけれども、狐が悪知恵を起こしたて。

我が一人【ひとい】で食べとうしてたまらんもんじゃい、

「お猿さん、お猿さん。

この臼ばさ、ここで食べおっぎ

お爺さん、お婆さんが目【め】ぇかかって、

『こら』て言うて、叱【おこ】られるから、

向こうの坂下までさ、臼ば転ばきゃあて

そこでユックリ食べようよう。

そん代わりさ、早【はよ】う着いたもんが、

沢山、たんと餅ば食べて良かごとにしゅうかあ」

て、こう言んしゃったて。

そいぎぃ、お猿さんなもう気前の良かもんじゃい、

「そうなあ。臼ば転ばかしてなあ」て言うて、承知しんしゃったて。

そうして、坂の上からコロコロ、コロコロ転ばかしたぎねぇ、

もう狐は走っとの速かけんもう、

ピョンピョン、ピョンピョン行くけど、

お猿さんはねぇ、

そんなに狐さんのように走るのがうまくありませんでした。

でも臼は、ドンドン、ドンドン転ぶ。

追いつききらんように転がっていきます。

そうして、後から狐さんは、ドンドン行く。

お猿さんは、その後ろからついて行くくらいのもんじゃった。

そのうちにねぇ、臼の餅が木の枝の出とっと

に引っ掛かったて。そいばじき気のついたお猿さんは、

「ああ、良かったなあ」ち言【ゅ】うて、

そのお餅ば木の枝に引っ掛かったとば、

「ああ、美味【おい】しい。

搗きたてのお餅ほど美味しい物はないわあ」ち言【ゅ】うて、

もうベロベロ、ベロベロ食べかかったて。

そりゃもう、臼はドンドン、ドンドン坂ん下に転ぶもんだから、

もう臼ば目掛けて狐は、

「それっ」と、ドンドン、ドンドン臼を追いかけて、

やっと坂ん下でその臼は止まったて。

狐が臼ん中ば見たぎぃ、

「やっやあ、やあ」て、ビックリしました。

臼ん中は空っぽやったて。

「ありゃあ、しもうたあ。

お猿ちゃんな何処【どけ】来おっかなあ」

ち言【ゅ】うて、振り向いた時ゃ、

お猿ちゃんな木の枝に、引っ掛けた餅を、

「ああ、美味【おい】しい。搗きたての餅じゃ。

こんな美味しい物はない。ああ、美味しい」て、

相変わらずの「美味しい」の連発で

食べて仕【し】舞【みゃ】あおったて。

そいばあっきゃ。

[二〇 猿蟹餅競争 (cf.AT九C)] (出典 蒲原タツエ媼の語る843話P3)

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