嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしむかしねぇ。

お母さんと息子と暮らしおんしゃったて。

ところが、その息子にも年頃になったけん、

嫁さんば取らんばらんごとなったちゅうもんねぇ。

そいぎぃ、隣村(とないむら)から嫁さんが来たちゅう。

そいどん茶碗ば洗(ある)う時ゃ、もうカチャカチャって、

ひい割るしせんどん、あらあら洗うてさい、

良(よ)う落ちとらんごと洗うけん、お母さんな何時(いつ)ーでん、

きれいに磨き砂(ずな)をつけて洗(あり)ゃあ直しおんしゃったて。

あいどん、自分がおらんごとなっても、

この嫁さんが我が可愛か息子に後(あと)はご飯も食べさせた、

お客さんにお茶をやったいせんばらんけん、

どかんかして良(ゆ)う教えておかんばねぇ、と思うて、

「これ、これ、嫁さんや。

ぎゃん茶碗はねぇ、立派(じっぱ)にあの磨くごと、

磨けば磨くごと茶碗でん光っとばい」ち言(ゅ)うて、

「良(ゆ)う洗(あり)ぃんしゃい。

私ゃほら、ぎゃん磨き砂つけて立派に洗いおっ」ち言(ゅ)うて、

聞かせんしゃったぎねぇ、

嫁さんな翌日からは磨き砂ば沢山(よんにゅう)つけて、

尻(しん)の方は洗(あろ)わじおったちゅう。

あーりゃあ、こりゃ困ったなあ。

一つことば何遍でん言うぎぃ、姑は嫌われるちゅうどん、言われんにゃあ。

たびたびは言われんにゃあ、と思うて、

どぎゃんこりゃあ言うて、教育したこんな良かろうかにゃあ。

姑になっとは難しかちゅうどん、ほんなこてこいよい難しか問題はなかあ、

と思うて、姑さんの考えおんさったて。

そいぎあの、何処(どこ)じゃいの寄り方でねぇ、

「何処の嫁さんでん姑さんな早(はよ)う死んぎ良かいどん、

と思う者ばかいちゅうばーい」言うこと聞きんさいたちゅう。

「ああ、こいで良か、良か。こりゃあ、良かヒントやった」ち言(ゅ)うて、

あくる日のことねぇ、もう姑さんが嫁さんに言うには、

「こないださあ、人から聞いたち話ないどん、

茶碗の底ば洗う時ゃ底まで立派し洗うぎさい、

『そこの姑は早(はよ)うちい死んてたい』て、

ぎゃん言いよらしたばい、誰(だい)でん」て、言うてねぇ、

お母さんが言わしたぎぃ、嫁さんなそいば聞いて、

「なーい」ち言(ゅ)うて、聞きおらしたちゅうもん。

ところが、あくる日から

ほんに気に入ったごと茶碗ば良(ゆ)う洗(ある)うちゃっていうもんねぇ。

ああ、よし、よし。良かったあ。あがん言うたとの利(き)けたばい、

と思うて、ジーッと、物陰から隠れて見おんしゃったぎぃ、

もう嫁さんなその茶碗ば洗いどん、

尻(しん)の方ばっかいピカピカすっごと磨きよんさっちゅう。

ああ、こい、こい。こいが良かあ、と思うて、姑さんなもう、

「我がはもう、先のなかこっじゃっけん、

いずれ早(はよ)う死んだが良か。

何時(いつ)死んだっちゃ良か。

あいどん、やれやれ、あいで良かったあ」

ち言(ゅ)うて、安心しんしゃったて。

嫁さんの教育の上手じゃったてぇ。

そいばあっきゃ。

(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P832)

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