嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしむかしねぇ。

天気がポカポカと暖かいし、

春の野の花がそのへんいっぱいに咲いとったてぇ。

そうして、仲良しのお友達が二人でその菜の花畑で、

何時(いつ)ーでんかくれんぼしたい、

菜の花を摘んで遊びよったちゅうもんねぇ。

そうして、その日はとうとう夕方遅(おす)うまでなってしもうた。

そいぎぃ、お母さん達、

「もう、夕ご飯だよう。早(はよ)う帰って来(き)んしゃい」て呼ばれて、

四、五人も遊んどったとは、一(ひと)人(い)帰り、二人(ふちゃい)帰り、

誰(だい)でん帰ってしもうたて。

あいどん、その中にサッちゃんちゅう女(おなご)ん子は、

まあーだ遊び足らじおったて。

そして、菜の花の美しかにゃあ。その黄色のきれいかにゃあ、と思うて、

ちぃっと皆と離れた所に行っとったぎぃ、

皆が帰って行たと、わからじおったて。

そうして、菜の花ん中(なき)ゃあおったぎぃ、きれいなお姉さんが、

「お出で。お出で」て、こう手招きしんしゃってやんもん。

声はせんけど、お出で、お出でをしおんしゃってじゃんもんね。手招きして、

「お出で。お出で」て、言いおんしゃっ。

そいぎぃ、サッちゃんがねぇ、ソロソロそこさい行たてみんしゃっぎぃ、

そのお姉ちゃんな、ズーッと後退(あとすざ)りしんしゃってじゃん。

そうして、サッちゃんから離れんしゃって。

そうして、菜の花畑をズーッとサッちゃんが行くぎばい、

「お出で。お出で。お出で」て、しおんしゃっ。

そいぎぃ、お出で、お出でさるっままズーッと行きんしゃったぎねぇ、

菜の花ん中(なき)ゃあさ、恐ろしか立派か御殿があったてよ。

そうして、その御殿に真っ赤な毛氈(もうせん)の敷いてあったちゅう。

そうして、部屋の方には饅頭がさ、いっぱいそけぇ盛っちぇあったて。

そうして、そのお姉さんが今度は、

「さあ、遠慮なくお食べなさい」て、

きれいかお姉さんが、声も今度初めて出たてぇ。

そいぎぃ、夕方お腹(なか)が空(す)いとったもんじゃい、

サッちゃんはもう、五つも一遍に食べんしゃったてぇ。そうして、

ウトウトウトとて、もう昼間さんざん遊(あす)うどったもんじゃい、

ちぃ(接頭語的な用法、ウッカリ)眠ったてじゃんねぇ。

あったぎねぇ、奥の方から年寄(としおい)いの女の人が二人(ふたい)出て来てさ、

寝ているサッちゃんを見おって、

「うまい具合にいったあ」と言うて、足を食べようとすると仏さんが、

「だめ、だめ」て、声をかくっし。

そいぎぃ、今度は手を取って食びゅうですっぎぃ、

「だめ、だめ」て、

仏さんが叱るし、胸の方にも仏さんがシッカイ陣取ってござる。

「手つけようがこりゃあ、ないわあ」ち言(ゅ)うて、話おったて。

そのうちに夜が明けたちゅうもんねぇ。

そうして、サッちゃんは、まあーだ菜の花畑で眠っとったあて。

そいで、昨夜(ゆうべ)は鬼どんから食べられるっところじゃったいどん、

お母さんがこのサッちゃんにゃ、小さか時ゃ誰(だい)からでん、

魔の取りつくけんちゅうて、

成田さんから戴いたお守いのお札さんを

サッちゃんの襟に、縫いつけてやっとんさったちゅうもん。

そいけん、それ鬼どんが恐ろしゃしたとやろうかあ。

お母さん達は夜(よ)のよい(夜通シ)して捜しんしゃったのに、

恐ろしゃ世話焼いて、お友達もこの菜の花畑で遊びよった、ちゅうことで、

捜しにご近所の人達も全部(しっきゃ)あ来(き)んしゃったぎぃ、

サッちゃんなまあーだ菜の花畑に眠っとったちゅうよう。

そいばあっきゃ。

(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P831)

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