嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)
むかーしむかしねぇ。
宿屋に盲さんの一晩泊まんさったて。そうして、朝早(はよ)う暗かうちから、
「もう、私(わし)はお暇(いとま)して帰るよう。用事があるから」ち、言われたて。
そいぎぃ、宿屋の主人がまあーだ夜明けじ暗かもんじゃい、
「この提灯ばつけてお出(い)でんさい」ち言(ゅ)うて、提灯を貸したて。
あったぎぃ、盲さんの言んしゃっにゃ、
「私(わし)ゃ盲ばい。明っかろうが暗かろうが、平気で提灯ないらん。そんな物いらーん」
て、言んさったて。あったいどん、宿屋の主人は、
「この提灯なねぇ、あんさんな方はいらんでも、
目明きん者のまーだ暗かとけぇ早起きして行きよっぎぃ、あんさんにぶっつかっ」て。
「突き当たいでもすっぎぃ、あんさんも困っ。来(き)おん者(もん)も困っけん、
まあまあ、そぎゃん言わじぃ、この提灯をつけてお出でんさい。夜でも明けとらんごとあんもん」
ち言(ゅ)うて。そうして、
「そのうちに夜の明けていらんごとなっぎぃ、う捨てても良かよ。おろいか提灯」ち言(ゅ)うて、
「ぜひ、つけて行きんさい」ち言うて、盲さんに提灯ば持たせんさったて。
そいぎぃ、盲さんなトボトボ、トボトボ歩いて一時(いっとき)ばかい行きよんさいたぎぃ、
曲がい角辺(にき)で、誰(だい)じゃい男の突き当たったじゃっもん。
そいぎぃ、その盲さんな腹きゃあて、
「こら、お前(まり)ゃ盲か。この提灯をつけとっとこれぇ、文句ば言んしゃった」と、相手はねぇ、腹立てて、
「お前こそ盲かあ」て、言うたて。あったぎねぇ、盲さんの、
「俺(おい)は盲さ」て。「そいども、この提灯の目にあんたはつかんじゃったとかあ」て言うて、
また言んしゃったぎぃ、その提灯な火は消えとったちゅうもん。
宿ば出た時ゃちいとったないどん、一時(いっとき)ばっかいしたぎ風できゃあ消えて、
提灯には火はちいとらんじゃったて。
そいばあっきゃ。
(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P637)