嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしむかしねぇ。

山寺に和尚さんがおらしたちゅう。

ところがねぇ、あの、そのお坊さんはもう、嫁さん取い時やったてぇ。

そいで、嫁さんが欲しゅうなってねぇ、ちょうど里に、

檀家さんに、良か女(おなご)のおってその人が好きやったちゅう。そいぎぃ、

「もう、坊さんのどがんしゅうよいか、あの女ば嫁さんに貰おう」

ち言(ゅ)うて、坊さんは、その山寺から出んさったて。

そうして、その好きな女と蕎麦屋ば始めんさったちゅうもんねぇ。

そいどん、その嫁さんな愛嬌の良(ゆ)うして優しかもんじゃっけん、

その蕎麦屋は開店そうそう恐ろしか評判の良うして、

そのうち蕎麦も大変美味(おい)しか蕎麦、て言うて、大繁昌しよったて。

そいぎ蕎麦屋さんにねぇ、蕎麦屋さんに来(く)っお客は皆、蕎麦好きばっかいの常連じゃった。

そのうちねぇ、何時(いつ)ーも掛け蕎麦ちゅうて、「掛け蕎麦が大好き」ち言(ゅ)うて、

五杯も何時ーも大方決まって五杯も食べに来っ男がおんしゃったあ。

ある夏の夜(よ)さいさみゃあ、

「蕎麦をもう、作い始みゅうなあ」て言うて、言いおんしゃったぎぃ、

そん五杯も蕎麦好きで食ぶっ男がやって来んしゃったて。嫁さんが、

「いらっしゃいませ」て、言うたて。

「こんばんは」ち言(ゅ)うて、入ったぎぃ、

「蕎麦はこいからですがあ。少々お待ちください」ち言(ゅ)うて、仕事を始めんしゃったーい。

そいぎぃ、蕎麦好きな男が、

「そうなあ。まあーだ誰(だい)も来とらんから」ち言(ゅ)うて、

店にコロッと横になって、どうやらグースカ眠ってしもうたてぇ。

「お客さんの見えとっけん、早(はよ)う蕎麦ば作らんばあ」ち言(ゅ)うて、

セッセッセッと粉を広げて檀那さんが作いおったちゅうもんねぇ。

あったぎぃ、その蕎麦屋に一時(いっとき)したぎぃ、蛙さんのごたっ虫のねぇ、

蕎麦ば台の上でブスブス、ブスブスその蕎麦粉ちい食ぶっちゅうもんねぇ。

「こらっ」て、言うけど、ブスブス仕舞(しみゃあ)いには、見かねて主人がねぇ、

その虫ば何気なく摘んでさ、ポイと表(おもて)に捨てんしゃったて。

そいで、やっと蕎麦はできあがったて。そいぎぃ、眠っていた男ば揺い起こして、

「お待ちどうさま。どうぞ、できました」て、言うたぎぃ、また五杯も、

「美味(おい)しい。美味しい」ち言(ゅ)うて、食べてもらったて。

ところがねぇ、その日限り五杯食ぶっ男の常連なとうとうその蕎麦屋に来っことなかったあ。

そいぎぃ、蕎麦屋の親父も言うことにゃあ、

「あん時さ、這い出(じ)ゃあて来た虫は、確か待ちきれじぃ、腹の虫の這い出ゃあて来たとばいねぇ」

と、呟(つぶや)いたと。

そいばあっきゃ。

(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P638)

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