嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーし。

ある所に夫婦者がおったてぇ。そいぎぃ、そこの夫婦喧嘩絶え間なし、恐ろしか怒鳴い散らして喚(わめ)く。隣(とない)近所の者なし仕事は休めてでん、見物しおったて。ところが、夫婦者の隣は爺さん、婆さん、若夫婦、子供が八人もあって、十二人の大家族じゃったて。あいどん、仲の良か良か、声いっちょたつん者な一(ひと)人(い)もなかったて。

「オホホホ。アッハッハア、アッハッハア」て、楽しか声ばっかい聞こゆんもん。羨ましかごとあったて。

そいぎぃ、夫婦喧嘩ばあっかいしおっ家(うち)の嫁さんがねぇ、お寺の和尚さんに相談に行たて。

「お隣はあぎゃん大勢の声ば聞いたことなか。私(あたい)どんはたった二人おいどん、もう親父さんのムシャクシャすっごと言うけん、歯痒(はがゆ)うしてたまらん。どぎゃんしてこんな良かでしょうか。私も喧嘩はそがんしゅうごとなかあ」ち言(ゅ)うて、和尚さんに相談に行きんしゃったて。そいぎぃ、和尚さんの言んしゃっには、

「こいはねぇ、一人(ひとい)相撲は取られんとばーい。一人で喧嘩もされんとばーい。相手のおらんと喧嘩のでけんとたーい」て、こがん言んさったてぇ。そいぎぃ、

「どぎゃんすっぎぃ、相手にならずにすむとですかあ」ち言(ゅ)うて、嫁さんが聞きんしゃったちゅうもんねぇ。そいぎぃ、和尚さんの言わすことにゃ、

「呪(まじな)いば教(おそ)ゆうから守いゆんねぇ」て、その嫁さんに言んしゃったぎぃ、

「はい、はい。私も好んでは絶対にしおらんとやっけん、呪いのあっとば教えておくんさい」て言うて、嫁さんが頼んだぎねぇ、

「お前(まい)の聟さんのさ、何(なん)じゃい怖(えす)かごた描(き)ゃあて気にいらんごと言わすぎんた、そん時ゃ早(はよ)うおろちぃてばい(ウロタエテネ)、台所さい行たて水は口に含みんしゃい。そぎゃん簡単なことばい。そうして、その水ば含んだぎ吐き出すこともなん。ジーッと水も飲み込みもせじぃ、口ん中(なき)ゃあ入れとかんばらん。そいが呪い。もう聟さんのものば言わすぎぃ、いっちょんそがんしてみんさい。こいが呪いたい。守いゆっごとあんねぇ」て、言んしゃったけん、

「守る、守る。そぎゃん銭(ぜん)もいらんごと、水含むばかいないば、守る、守る」ち言(ゅ)うて、嫁さんな帰ったちゅう。

そいから嫁さんなねぇ、聟さんの、

「ただいま」ち言(ゅ)うて、帰って来(き)なっ。

「なんきゃあ。がん(コンナニ)散らきゃあて。ムシャムシャすっ」ち言(ゅ)うぎぃ、おろちいて水含みゃあ行きなっちゅうもんねぇ。

そいどん、初めは気のつかじおんしゃったいどん、嫁さん口水含むままで何(なん)てってん言わんて。和尚さんから言われたけん、こいこそ守らんばと思うて、シッカイ口に水ば含んで口を結んどんしゃって。聟さんな歯痒いかごと時にゃ言い、恐ろしか火のつくごと怒鳴ったいもしんしゃっ。あいどん、言いたかっても水の零(こぼ)るっごとして言われんじゃったちゅうもんねぇ。そぎゃんことを一月(ひとつき)近(ちこ)うも怒られ、片一方ばっかい怒られどおしでおったちゅう。その家庭はねぇ。

そうしたぎねぇ、なしー、俺(おい)ばっかいギャンギャンギャン言わんばらんかにゃあて、聟さんが思うごとなったて。嫁御は一言てん言わんとこれぇ、なしー俺(おい)ばっかい喚(わめ)かんばらんかにゃあ、て思うたて。そうして、一月(ひとつき)とちょっと経った時分に聟さんが言うことにゃ、

「ほんにない、嫁御。お前(まい)ば余(あんま)い叱(くり)ぃばっかいしてすまんじゃったのう」て、言んしゃったて。

そいから先ゃ夫婦喧嘩はいっちょん起こらんじゃったて。やっぱい相手(やあて)のあって喧嘩の起こいよったて。

(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P619)

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