嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)
今度はねぇ、「和尚さんは偉い」と。
むかーしむかしねぇ。
もう、お父さんば顔も見んうちに亡くしたとの、おっ母(か)さんと二(ふた)人(い)暮らしおって。そいぎぃ、その坊やはねぇ、男の子は、お寺の和尚さんのほんーに我がお父さんのごと、頼みに思うて心配ごとのあっても、これからすることにも何時ーでん、何のことでも相談に和尚さん相手の暮らしやったて。
ところがね、チョーッと夜中からお腹(なか)の痛うなってねぇ、もうどんもこんもおられんごと痛かもんだから、もう宵のうちからトントン、トントン戸ば叩いてね、
「和尚さん。和尚さん」ち言(ゅ)うて、行た。
あら、山ん下のあの息子んごたいどん。何(なん)しぎゃ来たろうか、と思うて、和尚さんな夜中に起きて行きんさったぎね、
「お腹が痛くてもう、チョッと困ったけん相談に来ました」て、言うたぎぃ、和尚さんは、「私(わし)ゃあ、ほんに死んだ者(もん)ば極楽にはやいゆいどん、生きた者(もん)のぎゃん腹の痛(せ)くて言うとは、治(なわ)しゃえんとこれぇ。あいどん、こい、知らん。何(なーん)もどぎゃんもしわえーん」て、言うたて。今まで屁ふったことでん、我がば相談役と思うてくいたあの息子じゃっとこれぇ、がっかいすっじゃろう。て、さすがわ和尚さんは考えてね、そして、
「ああ、そうか。そがん腹の痛(せ)くなあ。そりゃねぇ、葛(かずら)の根をおっ母さんに取って来てもろうて、そしてそいを煎じ出(じ)ゃあて飲むぎ治(ゆ)うなっ」て言うて、和尚さんの言んさったけん、
「はい」ち言うて、またお腹(なか)を押え押え、息子が帰って来たて。そして、おっ母さんに言うでしょう。明かいつけて、山ん辺(にき)行たて、葛ば取って来て、早速煎じて飲ませてもろうたぎぃ、たちどころによくなったてぇ。
そいぎ和尚さんな、我がーは盲めっぽうにほんなこて治(ゆ)うなっこっちゃい、どがんじゃいわからじぃ、葛の根を煎じて飲めて言うたいどん、ほんなこて急(せ)き殺されてどめぇおんみゃあかにゃあ、と思うて、お寺から来(き)おんさったて。そいぎぃ、
「あの、お家(うち)に着いてどがんなっぎぃ、ああ、お陰治(ゆ)うなりました。こぎゃんピンピンなりました」て、言うたけん、
「ほんによかったあ」て、和尚さんは撫(な)でおろしたて。
あったぎねぇ、そいから何事(にゃあごと)なかって、何やかんやら、あの、無事な平和な毎日やったて。あったぎぃ、そいからものの四、五日した時、また今度、和尚さんなまあーだ鼾(いびき)きゃあて寝とったて。朝からトントン、トントン戸ば叩く。誰(だい)やろうかにゃあ、ぎゃん朝ぱらから、と思うて、和尚さんの半分寝ぼけたごとして、戸を開けんしゃったぎぃ、あの息子やったて。
「和尚さん、和尚さん。今朝起きてみたぎぃ、家(うち)の馬のおらん」て。「誰(だが)おっ盗ったろう。何処さいひん逃げて、何処ん辺(たい)行ったいろう。和尚さん、教えてくんさい。早(はよ)うせんぎわからんごといちなっ。早う、早う」て、急(せ)きたっ。そいぎぃ、和尚さんもまた困って、
「ほんなことねぇ」
和尚さんは半分寝ぼけとろうごたっ。まあーだ良(ゆ)う目の覚めておんさらん。あったぎねぇ、
「葛だ、葛だ」て、ちぃ出たて。そいぎもう、葛の「か」て聞いた時分から、お寺は駆け出(じ)ゃあて我が家(え)さい、その息子は行たて、
「母(かあ)ちゃん、和尚さんな『葛』て、言んしゃった。葛は何処ん辺(たい)にあろうか」
「うん。あすこん辺(たい)、山ん辺(にき)さいズーッと行くぎ葛はあっ」ち。
そいぎぃ、走って行けども行けども葛にはゆきあたらん。山をいっちょも二つも越えたち。そうして行きよったぎぃ、ヒョッと見たぎねぇ、青々と葛の茂っ所(とこ)のあったぎぃ、その葛の葉っぱはねぇ、我が家(や)の馬の美味しそうーに食べよった。そいぎ和尚さんは偉いて。ほんに千里眼のごと、ぎゃん何(なん)でんかんでん知っとんさっ。その息子が言うには、「和尚さんは偉い」て、値打ちばつけたて。
チャンチャン。
(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P618)