嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしむかしねぇ。

田舎に貧乏な夫婦が住もうとったてぇ。そのお父(と)っさんが言うには、

「米が沢山(よんにゅう)取るって思うぎぃ、年貢のおっ取られてしまうし、薪(たきぎ)ば山から取って、『ああ、今年ゃ高(たこ)う売れたにゃあ』て、言うぎぃ、今までの借金に取られてしまうし、私(わし)達ゃ何時(いつ)まで経っても、何時(いつ)まで働(はたり)ゃあても、もうほんに貧乏ばかいで、いやじゃなあ」て、つくづく、そう言んしゃったて、嫁さんに。

「いやねぇ。もう同しこと」て。「あいどん、『果報は寝て待て』て、言うことじゃんもん。もう気張っても同(おな)しことないば、果報は来(く)っこっちゃい来(こ)んこっちゃい、寝て待っとっがましじゃなかろうかあ」ち言(ゅ)うて、仕事もせじぃ、その二人は怠けて、ゴロゴロ寝て暮りゃあたて。

ところが、貧乏の上もう、貧乏はして、もうチョッと困ったちゅうもんねぇ。もう、本当に家は、軒は傾き、もう天井からお月さんの見ゆっごとなったて。そいぎもう、いよいよたまらんごたって、聟さんの方がお寺の和尚さんにねぇ、頼みぎゃ行きんしゃったて。そいぎぃ、和尚さんの言んしゃっには、

「幾ら貧乏ばしとっても、働くぎ働くしころで、まあ、生きていかれたろうだい」て。「あいどん、お前(まい)さんの頼むこっじゃいけん、仏さんに頼んでやろうだーい。ちかっと(少シ)運の向いて来(く)っごと頼んでやろうだーい」て言うて、和尚さんなそう言んしゃったて。

そうして、相変わらずブラブラ何もせじぃ、その夫婦者(もん)なおったぎぃ、ある晩のこと月の出てきたてぇ。寝とったぎねぇ、天井ば見よったぎぃ、お月さんの見えたて。そうして、良(ゆ)う見よったぎぃ、お月さんの中で兎のさ、餅を搗くとの良(ゆ)う見ゆってじゃんもん。ありゃあ、兎どまお月さんの中で餅ば搗きよっよう、と思うてねぇ、見おんしゃったちゅう。そいぎぃ、

「兎しゃが餅を搗きよいどん、私(わし)どんの口にゃ何時(いつ)になったこんな、餅どん食べらるっこっちゃい」ち、言いよったちゅうもんねぇ。そいぎねぇ、

「その寝とって天井ば見っぎぃ、美(つく)しか月の見えて、兎の餅搗きよっ」て、言うたぎぃ、そいが恐ろしか評判になったて。

「そいぎぃ、そぎゃんめでたか兎の餅搗きば拝んでみゅうかあ」て言うて、近所近辺もう、珍しゅうドヤドヤ寄って、その見物人がやって来たて、ねぇ。見物人が来たてぇ。そいぎぃ、そっからこうして見っぎ良(ゆ)う、我が家(え)に寝とっては屋根から月どま出とっどん、いっちょん(チットモ)見えんどん、そこの家に来っぎ良うお月さんの家の中から、見ゆっちゅうもんねぇ。そいぎぃ、

「ほんなこて見ゆっ」ち言(ゆ)うことに、もうますます沢山(よんにゅう)人の寄って来たて。

こりゃあ、和尚さんの仏さんに頼んでくんさったご利益なったばーい、と思うて、おんしゃったぎぃ、もう満月になったぎぃ、行列作って人のワンサワンサと寄って来たちゅうもんねぇ。そうして、

「見せてもろうたけん」ち言(ゅ)うて、お礼にちぃっ(少シ)とばかいじゃいどん、お金どん、お賽銭(さんせん)ば上げてねぇ、お供え物まで持って来て、その、皆が天井から月ば見て行くちゅうもん。

そいぎぃ、その夫婦は寝とってねぇ、何(なん)もしぜ金持ちさんになった。あったぎねぇ、

「ぎゃんあんない、まちかっと(モウ少シ)見て格好良(ゆ)うしゅう」ち言(ゅ)うて、家ば立派にしんしゃった(シナサッタ)ちゅうもん。

あったらさ、何(なーん)も家の中から月は見えんじゃったて。そいぎぃ、

「あつけ行たても、何(なーん)もお月さんは出たとは見えん」ち言(ゅ)うて、そいから先ゃ誰(だーい)も来(こ)じぃ、貧乏ば相変わらずしたて。

そうして、和尚さんの言わすにゃねぇ、

「人間は欲ば起こすぎぃ、果報はちぃ逃ぐっ」て、言んしゃったちゅう。

そいばあっきゃ。

(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P593)

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