嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーし。

海辺(うみべた)の村に、一(ひと)人(い)の漁師がおんさったてぇ。そいでもう、風もなか、今日(きゅう)は良か

日和(ひよい)じゃっけん、朝早(はよ)う海に出て、魚(さかな)ば捕って来(く)うで思うて、網を投ぐっとん、い

っちょん魚の捕れんちゅうもんねぇ。

「おかしかにゃあ。こぎゃんことはなかいどん」て言うて、どぎゃん打っても小魚

匹、網にかからん。そいぎぃ、

「魚にも休み日(び)のあっとじゃろうかにゃあ」て言うて、「もう、日も暮れたもんけん、もう帰ろう。今日はあきらみゅう」ち言(ゅ)うて、砂浜ばトボトボ帰おったぎぃ、砂浜に点々と何(なん)か転がっとったあて。

「ありゃ、こりゃ何(なん)かあーい」ち言(ゅ)うて、拾うてみたぎぃ、田螺(たにし)よいかもう、ちかっと太かまき貝じゃったちゅうもんねぇ。ありゃあ、こりゃあ珍しか。こいないとん今日(きゅう)は魚は捕れんじゃったもんで拾うて行こう、て思うて、そいを沢山(よんにゅう)拾うて帰んしゃったちゅう。そうして、

「今夜のおかずはせわなし。こいば煮て食う」ち言(ゅ)うて、その漁師は鍋で煮て一(ひと)人(い)で食うてしもうたちゅう。

ところがねぇ、そいが美味(うま)かったちゅうもんねぇ。もう、そいしこの鍋いっぴゃあ煮てでん、食べたらんごと美味かったて。そうして、たらふく食べてグッスリ眠って起きたぎねぇ、その貝の話ば人に話しとうて、その男はたまらんて。そいぎもう、ただ貝ばさ、捕って来て鍋いっぴゃあ煮て食うたて、言うとだけでは誰(だーい)も良か話、面白かあーて言う者(もん)もおんみゃ。もう法螺(ほら)吹いて話そう、と思うて、隣(とない)さにゃ行たて、

「昨夜(ゆうべ)さい、浜さい涼みぎにゃ行ったぎぃ、太か貝の沢山(よんにゅう)落ちとったもん。そいぎぃ、そいば箒(ほうき)で掃(は)わき寄せてきて、家(うち)さい持って来て、朝まで食べおったあ」て。「その美味(うま)かこと、美味かこと。食べ始むっぎやめられんごと美味かとばーい」て言うて、話したぎぃ、隣(とない)の者(もん)は、

「ほんなことやあ。そぎゃん美味かとのあったてやあ。そいぎぃ、おどん(私)も、そいば始めて聞いたもん、捕いぎゃ行こう」て言うて、「幾らないとん残っとろーだい」て言うて、皆浜さにゃ駆け出して行きんしゃったて。

そいどん、貝らしか物(もん)はいっちょんなかったちゅうもんねぇ。そいからちゅうもんな、その男は舟に乗って魚を捕いぎゃ行っても、いっちょん魚の捕れん。そいどん、家(うち)さい帰っぎ魚の舟の沈むごと沢山(よんにゅう)捕って来たて、言いとうしてたまらんじゃったて。そいぎぃ、その魚を、皆がまた海さい行くばってん、そんなに魚の捕るっわけなかったて。そいぎぃ、隣(とない)の人も、また隣の人も、

「あいが、ほんにあの貝ば食べてからちゅうもんな、法螺ばっかい吹くとじゃっけん、その貝は、『法螺吹き貝』じゃったとじゃろうだい。我が一(ひと)人(い)で、『沢山(よんにゅう)捕れた。余計捕れた。恐ろしゅう美味(うま)かったて、法螺ん話ばあっかいすっけん、もうこいから先ゃ、あの男の話ゃ、柱になんかかっ(マタレカカル)て、しがいちいて聞かんぎぃ、吹き飛ばさるっばい』て言うて、その男の太か話には、そいから先ゃ用心したということ。

そいばあっきゃあ。

(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P567)

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