嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)
むかーし。
山ん中でばあーっかい暮らしとった男がねぇ、一生のうち一遍なお伊勢参りばせんばらん、ていうことで、お伊勢さん参いば思いたちんしゃいたてぇ。
そうして、昔んことでテクテク、テクテク、草鞋(わらじ)がけで歩いて行きおったら、途中で若(わっ)か者(もん)と一緒になったてぇ。そいぎぃ、その男は茶目でそのへんで評判じゃったいどん、その若か者と連れになって、ズーッと行きよったぎぃ、とうとう大坂まで来たちゅうもんねぇ。そいぎぃ、人間がいっぱーいその知らん人ばっかいじゃったて。ありゃあ、こんよに人間の多かあ、と思うて、ビックイしたて。そうして、その山ん中の男が思うには、こぎゃーん人間のおっぎぃ、ここん中(なき)ゃは入(はい)り込んだないば、大変、大変。俺(おり)ゃあ、見分けつかんごとなっ。俺ば早(はよ)う、見分けゆっごと、目印ばしとかんばいかんにゃあ、と思うて、背中に背負(かる)うとった紺の大風呂敷を出して首に巻きつけんしゃった。そうしてもう、風呂に入(はい)るにも離さじ我が首巻(み)ゃあて、夜寝(ぬ)っ時も便所に行く時も、その大風呂敷を首に巻いて泊まっとんしゃった。そいぎぃ、連れん男が聞いたて。
「おい、おい。お前その首の風呂敷は、何(なん)かのお呪いかあ」て、言うたぎぃ、
「いんにゃあ、いんにゃあ。こりゃ、何(なん)のことなか。ぎゃん人間の沢山(よんにゅう)かけん、私(わし)ちゅう目印さ」
「ああー、お前(まい)の目印たーい」面白かこと言うもんにゃあて、そん若(わっ)か男、思うとったて。
そうして、その男がグッスイ寝込んどったもんじゃっけん、その隙(すき)にジーッと、その若か男がその男の首の風呂敷ば、すん抜(に)いて(引キ抜イテ)自分の首に巻いて寝とったちゅう。そうして、その連れした男の寝とったけん、朝、目を覚ました山ん中から来た男が、我が首に風呂敷の巻かっとらんじゃったけん、連れの男ば、
「ほら、起きろ。こりゃ、起きろ」ち言(ゅ)うて、「おい、おい。早く起きてくれ。俺(おい)、何(なん)じゃい全くわからんごとなってしもうた」ち言(ゅ)うて、揺(ゆす)い起こすて。目を、こするこする起きてみたら、
「お前(めえ)さんは私(わし)か。私(わし)の目印がお前(まえ)さんについているということは、お前さんが私(わし)か」と、言うもんだから、もう連れの若い男は、おかしくて笑ったて。しかし、山から来た男は、泣き出さんばっかいに困った顔をして、
「どっちが、そいじゃ私(わし)だ」ち言(ゅ)うて、とうとう泣き出さんばっかいだったちゅう。
そいばあっきゃ。
(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P568)