嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしむかしねぇ。

男がズーッと(今んごと汽車も自動車もなか時分ですたい。)

足にまかせて旅に出たて。

そうして、

ある宿屋に泊まってじゃんもんねぇ。

そいぎぃ、

伊勢蝦(えび)のご膳の上に赤っかとの出とったてぇ。

「こりゃあ、きれいか蝦ねぇ」て。

「この赤っか色、何(なん)ば塗ったとですかあ」て言うて、

女中さんにその旅の男が聞いたてじゃんもんねぇ。

そいぎぃ、

女中さんが言うことにゃ、

「いいえ。この伊勢蝦は鍋で茹(ゆ)ずっぎ真っ赤になりますよう。

あんさんは知らんやったですかあ」て、言んしゃったて。

「そうかいなあ。鍋で茹ずっぎ赤っかくなんなあ。

きれいか色じゃなあ」ち言(ゅ)うて、感心して、

その次に言うには、

「女中さん、女中さん。あのお稲荷さんのあがん太うか鳥居でん、

鍋で茹でたとばいなあ」て、言うたて。

「冗談のごと、冗談のごと」て、女中さんはねぇ、

「あぎゃん太かとば茹でらるんもんですか。

あの鳥居は塗っちゃっとですよう」て、言うたてじゃんもんねぇ。

「そうだろうなあ。あんな太かとの入(ひゃ)あ鍋ばないもんなあ」

て言うて。

「そんないばさ、畑に赤い唐辛子のあろうが、

あいもそいぎ色ば塗ったとばいなあ」

て、今度、男が言うたて。

女中さんな、こりゃもう、手におえん、と思うて、

襖(ふすま)ばピシャッと、閉めて

あっちさい行たて仕舞(しみゃ)あいんさつたて。

そいばあっきゃ。

[〔六〇六 蝦の塗]

(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P363)

標準語版 TOPへ