嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしむかし。

そいこそ殿さんのおんさった時分ですよねぇ。

殿さんが、

「網打ちいっちょ見たかにゃあ」

て、言んさったもんじゃっけん、家来どんが、

「そりゃあ、殿、めでたいこと。今どきがちょうどいいですよ」

て言うて、網打ちば見せぎゃ連れて行たて。

網ば打ってみっぎぃ、

その網ん中ゃあ、沢山小(こま)ーか魚、太ーか魚、

蟹やら、蝦(えび)やら、いっーぱい入(はい)ってきとったちゅう。

そいぎぃ、

殿さんがねぇ、そのうちの魚ばいっちょ取って、

「この魚の名を申してみろー」

て、家来に言んさったちゅうもんねぇ。

そいぎぃ、

家来もほんに気の利いたとの一(ひと)人(い)おって、

「そいは河豚(ふぐ)ちゅうとでございます」

て、言うたて。

「そう。これは河豚かあ」

言われて、家来は続けて、

「フクフクのフグちゅう魚でございます」ち言(ゅ)うたて。

「そうかあ。よく知っとんなあ」て、言んさったて。

そいぎぃ、この殿さんも殿さんで、チョッと茶目気を起こされて。

そうして、家来に、

「この魚(さかな)を『河豚』て、他の者が言うたから、

四、五日干してみよ」て言うて、干させんさったて。

そして、

干しあがったとを、

「また、あの家来を呼べ」て、家老に言うて。

そいぎぃ、その答えた、

烏賊(いか)て言うたとの来たちゅうもんねぇ。

そいぎぃ、

こうして干しあがったとば、今度はパラパラパラで見せんさって、

「この名前は何(なん)かあ」て、聞きんさったぎぃ、

その家来が、

「これはカラカラのフグでございます」ち言(ゅ)うたちゅうもんねぇ。

そいぎ

殿さんは、首を傾(かし)げて、そん家来にねぇ、

「初めは、『フクフクのフグでございます』ち言(ゅ)うて、

こりゃ、『カラカラのフでございます』て、

同じ魚(さかな)ぞ。同じ物(もん)ぞ。そいばいっちょは河豚で、

いっちょはフちゅうことのあんもんか。

こりゃ、ほんに私(わし)を馬鹿にしよった」

ち言(ゅ)うて、

もう殿さんな気の短かかとみえて、その家来ば捕まえて、

「ほんに不届者じゃ。お前(まい)もう、打ち首だ」

て、

じきもう、気の早(はや)か殿さんで刀ば手にかけさしたちゅう。

そいぎぃ、

「お前(まい)には妻や子もあろうに」

て、家老さんが言んしゃったぎぃ、

「そうじゃなあ」て、殿さんはチョッと考えて、

「そちにも、妻子があることであろう。

何(なん)か言い残すことがあれば、伝えてやるから、

死ぬ前に言うてみい」て、その家来に言んさったぎぃ、

「そいじゃあ、恐れながら申し上げます」て言うて、

膝(ひざ)を正して、

「『末期の末まで烏賊の干したのを、鯣(するめ)とは言うなよ。

こう言えば、打ち首になるぞ』て、

このことを妻子にとくとお伝えください」ち言(ゅ)うたもん。

そいぎぃ、

殿さんなその一言を聞いて、

「フーン。そうかあ。『烏賊も干せば鯣となる。

同じ魚(さかな)じゃが、こう変わってつけられるんだなあ。

ああ、なるほど』ち言(ゅ)うて、頷(うなず)いて、

「お前は、チョッと気の利いとっ」言うて。

そうして、苦笑してお許しになったて。

そういうことです。烏賊も干せば鯣ていう、鯣になるですもん。

そいばあっきゃ。

[五九六 金福輪(AT一五五一)]

(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P363)

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