嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしむかし。

ある村に薬(くすい)ばあっちこっち

村中売って歩(さる)いている男がおったちゅう。

ところが、村ん者(もん)達が

余(あんま)い頑丈か者ばっかいじゃっもん。

いっちょん薬の売れんごとなったちゅうもん。

そいぎねぇ、

俺(おり)ゃあ薬売いでは暮らされんばーい、

別(べち)良か商売(しょうびゃ)あなかろうかにゃあ、

と思うて、我が親類の叔父(おん)ちゃんの

家(うち)に山ん上あった所(とけ)ぇ相談に行かしたちゅう。

そいぎぃ、その叔父ちゃんの言んしゃっにはさ、

「わりゃあ、沢山(どっさい)毎日(みゃあにち)

毎日薬売らんば暮らしえんどん、

俺(おれ)はねぇ、狐ば一匹捕っぎさい、

一月(ひとつき)ゃ暮らさるっとばーい」て、

こぎゃん言わしたちゅう。

そいぎぃ、薬売って歩(さる)きよった男はねぇ、

そいないば、その狐捕いになろうかにゃあ、

と思うてねぇ、叔父ちゃんに聞いたちゅう。

「その狐捕いは難しかろうかあ」て、

聞いたぎぃ、叔父ちゃんの言んしゃっには、

「狐捕いというとは、大抵度胸のいっぞう。

鼠は油揚げして、

そのてんぷらば餌にして、

そうして狐ば捕らんばらん」

「そぎゃんやあ。

狐のそぎゃん鼠のてんぷらを好いとんないば、

鼠はどいしこでんおっけん、

捕って来っわけなかたーい」ち言(ゅ)うことで、

早速鼠ば捕って来て、

鼠のてんぷらばして叔父ちゃんにつんのうて

山ん中さい行かしたちゅうもん。

そうして、餌ば仕掛けてねぇ、

「ここん籔(やぶ)に隠れとらーい。

我がは向こん方の山さい行くけん」て言うて、

言わしたもんじゃい、

その薬売いの男は一(ひと)人(い)になって

ジーッと籔(やぶ)ん中に隠れとったちゅう。

あったぎねぇ、

そけぇやにわに侍の出て来てさ。

そうして、刀ば抜(に)いで、

「無礼者」て言うて、太か声で言うた。

そいぎぃ、その薬売いの男は、

「やあー、助けてくいござーい。

誰(だい)じゃい助けてぇ」て言うて、

もう、恐ろしかウロウロしおったもんじゃい、

叔父ちゃんの向こうの山から飛うで来てみんしゃったぎぃ、

誰もおらんちゅうもんねぇ。そうして、叔父ちゃんの言んしゃっには、

「あいが狐たーい。

お前(まい)の叫(おろ)うだけんほら、

ちぃ逃げてしもうた」て言うて、言わした。そいぎぃ、

「ここん辺(たい)でもう、

狐はかからんけん、あっちの方向の山さい移ろう」て言うて、

二(ふちゃ)人(い)連れその山じゃなし

向こん方の山さい行きんしゃったて。あったぎねぇ、

「今(こん)度(だ)あ、狐ば捕らんばぞう」て、

叔父ちゃんから言われて、

「良し、良し、良かばい」て言うて、

「今度あ、騙されん。またもう、

刀ば引っさげて来た時ゃもう、しかかって行く」て言うて、

度胸ば決めて、またジッとしとらしたぎぃ、

向こん方の北ん方は墓場ばっかいやったちゅうもんねぇ。

あったぎぃ、向こん方からさ、

和尚さんの明かりばつけて来らすちゅう。

もう、ちぃっと暗(くろ)うないかかいよったちゅうもんねぇ。

そうして、和尚さんの後から

男の二人(ふちゃい)来よったいどん、

太(ふと)ー甕(かめ)ば二人がかいで

担(いの)うて来よったちゅう。

そうして、その男がほんな根つう辺(にき)ば掘り始めてばい、

その太ーか瓶ば埋めたて。

そうして、線香に火ばつけて、

一時(いっとき)拝みよったぎぃ、

山ば下(くだ)ってしもうたて。

そいぎぃ、死なしたばいにゃあ、と思うて、

見よったて。あったぎぃ、

一時(いっとき)ばっかいしよったぎねぇ、

その甕ば埋めたとっからさ、

馬のごたっとの、

ヤーッて、その薬売い男に

目かけて飛び出ゃあて来たちゅう。

そいぎぃ、ギャーって、

薬売い男がまた怖(えっ)しゃして、

叫(おろ)うだてじゃっんもん。

そうしたぎぃ、その叔父ちゃんなかねて知っとらすもん。

ああ、狐ばいなあ、と思うて、

来てみんしゃったぎぃ、

引っ繰り返ってきゃあまぐれたごとして

(気絶シタヨウニシテ)立ちえじぃ、

その薬売い男おっちゅうもん。

そいぎぃ、また叔父ちゃんが薬売い男ば揺り起こして、

「馬のごたっとは狐じゃったとこれぇ」て言うて、

「恐ろしか、わりゃ同(おな)しこと」て言うて、

怒んしゃったて。そいぎぃ、

「狐ちゅうとは、

ぎゃん怖(えす)か目合うて

捕らるっとやろうかあ」て言うて。

「そぎゃんくさい。

優しゅうして捕らるんもんきゃあ」て、

叔父ちゃんは言んしゃったて。

そいぎぃ、薬売いは、

「俺(おい)がごたっとはもう、

ぎゃん仕事はしわえん」て。

「私ゃもう、家(うち)さい帰っ」て、言うてねぇ、

叔父ちゃんにさようならして、

「その野狐捕りゃ、

もう我がには性(しょう)に合わん、

もうやめた。元の薬売いがやっぱい良かごたっ。

性に合わん」て言うて、

あの薬売い男は帰って、

そいから先も売れん薬ば

毎日(みゃあにち)背中に背負(かる)うて、

売って歩(さる)きよったちゅう。

そいばあっきゃ。

〔三八〇 土竜の嫁入り(AT二〇三一、cf.AT五五五類話)〕
(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P363)

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