嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

むかーしむかしねぇ。

町でいちばんの家【うち】があったちゅう。

そけぇ盗賊どんがねぇ、

その家【うち】ば狙【ねろ】うとったちゅう。

そいぎぃ、ある晩、手下ば連れてさ、

沢山【よんにゅう】連れて入【はい】ったてぇ。

そうして、主人に、

「この家のあり金ば残らず出せー」て、言うたて。

ところがさい、

ヒョッと部屋の隅ば見たぎねぇ、

アッ、てしたてばい。

そりゃねぇ、ここの長者の嫁さんがねぇ、

次の間の隅の方で看病しよったて。

もう、涙は拭き、声も出んごとして、

しおーっとして看病しよらしたて。

床に寝とっ子供は、

病人の子供は今にも死にそうになったちゅうもんねぇ。

そいぎぃ、大泥棒だったてちゃあ、

まあ、ここに今にも死んごとしとっとに心が打たれてねぇ、

「そん子の病気は何【なん】ちゅうとかあ」て言うて、

嫁さんに聞いたちゅうもん。

そいぎぃ、

嫁さんの恐ろしかとやら悲しかとやら、

一心になって、

「はあ、この子の病気は驚き病でございます」て、

言うたて。

そうして、涙ばボロボロ出しおっちゅうもん。

そいぎぃ、

大泥棒が何【なん】て思うたいろうねぇ、子分に、

「お前【まい】、

こいから町さい急【いせ】いで行たて、

『ホシサンシュウ』て、言うたちゅうもん。

そいぎぃ、手下はもう、

急いで、もう飛ぶごと出て行たて。

そうして、もう一【ひと】人【り】の手下にはねぇ、

「井戸から早【はよ】う水ば汲んで来い。

一升いっけん汲んで来い」て、言うたて。

そいぎぃ、

その手下も言われたごと水ば汲んで来て、

ホシサンショウもじきー買【こ】うて持って来たて。

そいば竃【かまど】でねぇ、

グラグラグラ焚【ち】ゃあて煎じたちゅうもん。

そいで煎じられて

ホンサンショウの薬【くすい】の湯ば、

クラッて、泥棒は飲んだちゅうもんねぇ。

飲んでしもうたと思うぎぃ、

真っ裸になってさ、

今にも冷とうなって死のうごと、

グチャっと元気のない子供の体ピーッたい当てて、

添い寝したて。

そいぎぃ、

誰【だい】でも息もつきえんごとして

見よったちゅうもんねぇ。

おっ母【か】さんな、

もう死んばっかいと思うて、

グッタリしているその子供を、

もう声を出しえじぃ、

見守るっとんしゃったて。

あったぎさ、

もう死んばっかい、

色どま壁の色んごとなったとの、

一時【いっとき】ばっかいしたぎぃ、

「アーン、アーン」ち言【ゅ】うて、

泣き出したちゅうもんねぇ。

そいぎぃ、

泥棒達も見守っとっ泥棒の子分達でん、

長者も嫁さんも、

ビックイして、もう目ば擦【こす】んしゃったて。

そいで、その長者の檀那さんが大泥棒に手ばついて、

「ほんに、子供ば助けて有難うございました」

子供は子供で、

「ポンポン【オ腹】治【よ】くなったあ」て、

言うたて。そいぎ大泥棒が、

「良かったあ。

良かったあ。良かったにゃあ」て言うて、

あの、大泥棒も恐ろしゅう

その子供の病気の治くなったけん、

我がも喜んだごたっふうじゃったてねぇ。

そいぎねぇ、長者どんの大泥棒にねぇ、

「これは、ほんのお礼の印でございます」て言うて、

「本当に有難うございました」ち言【ゅ】うて、

一包みば差し出したちゅうもん。

「ちぃっとばっかいですけど、

受け取ってください」ち言【ゅ】うて、

泥棒しぎゃあ来たこっちゃい

何【なん】じゃい差し出【じ】ゃあたぎねぇ。

その泥棒は、

「そんな物はいらん」て。

「こぎゃん酷【ひど】か病人が

治【よ】くなったとが何【ない】よいじゃった」て。

「この病人しゃがなかぎぃ、

家中のお金ば全部【しっきゃ】あ、

ゴッソイ持って行くつもいじゃったいどん、

私【わし】の不運じゃったと

思わんば仕方んなかあ」て言うて。

そいから先ゃ、

もう逃ぐっごと全部【しっきゃ】あ出て行ったちゅう。

そういうことです。そいばあっきゃ。

〔一七三  本格昔話その他〕
(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P449)

標準語版 TOPへ