嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 もうーむかーしむかしねぇ。

恐ーろしかもう、芸者さんのあったて。

もう何不自由なか、

何【なん】でもなかもんななか。

そこにたった一人息子さんがおんしゃったてやんもんねぇ。

そいぎぃ、たった一人の息子ん子もんじゃい、

その、もう大切にして育てられしゃんしゃったて。

そいもんじゃい、

その生まれながらに

金持ちの家【うち】に生まれて、

何一つも不自由なし育ったもんじゃい、

物の大切さはいっちょん知らじぃ、

この男は育ったあ。

ところがねぇ、

ある年の流行い病いで、

両親なポッカリ死んで仕【し】舞【みゃ】いんしゃったてよ。

そいぎねぇ、この、あの、男はねぇ、

「ああ、親は死んでも家【うち】は、

こぎゃん財産の沢【よん】

山【にゅう】あったけん、

世話なし、世話なし」ち言【ゅ】うてもう、

かねて怠け者じゃあったし、

もう遊び暮らしおったち。

あったぎねぇ、

そがん遊びかかったぎぃ、

家のひびかかとはしゃいもなし【テマヒマカカラナイデ】、

とうとう無一文になってしもうたーあ。

そしてねぇ、

「ああ、もう体いっちょあっとは、

何【なーん】も私【わし】には、

財産も何もなかごとなっ。

あいどん、清々したよう」ち言うて、

ブラーブラそのへんば歩きよったぎね、

和尚さんに、

お寺の和尚さんに出っかした。そいぎぃ、

「坊主、坊主」て。

「何処そこのご大家の坊主じゃたとじゃろう。

お前【まい】は、

本【ほん】当【と】に裸一貫になったなあ。

こいからどうするやあ」て聞いた。

「何【なん】も考えとらん。

何も何しようとも思うとらん」

「そしたら、野垂れ死にすっかあ」

「いやーあ。野垂れ死にもしたくないなあ。

あんな金持ちだった誇りもあるからなあ」て言うて。

「そうかあ。そいじゃ、

私【わし】について来いやあ」て言うて、

お坊さんが言んさんもんだから、

お坊さんの後にドンドン、

ドンドン毎日ついて行くようになった。

毎日、お米を貰ったり何かするので、

まあ、生きていくに不自由のないようにしとった。

ところが、

その坊さんとねぇ、

一か月もついて歩きよったらねぇ、

坊さんが、ある時ねぇ、

「あのー、チョッと、

しばらく行【ぎょう】に出んことにしよう」て言うて、

ドンドンドン山さい行きんしゃってじゃんもんね。

そいぎもう、坊さんにまた、

その男もついて行ったらね、

大きか見上ぐっごと太ーか岩山の所に来たらね、

お坊さんのその前に立って、

【あの、ひらけ胡麻じゃないけど】

「ムニャムニャムニャ、

ムニャムニャムニャ」ち言【ゅ】うて、

お数珠ばジャラジャラジャラていわせて、

お経さんば唱えんさったぎねぇ、

もうさしむね山とばかい思うとったとにねぇ、

岩戸のバーて、ギーって開かった。

そうして、その奥ではね、

柱もゴンて、天井もゴンて、

そうーして、ちょうど何かちゅうぎぃ、

ピカピカ光るのを見たごともなかごとね、

自分の家【うち】も金持ちやったけど、

ぎゃーん【コンナ】、

立派か所【とこ】はなかちゅうごと、

御殿やったち。おりょう【オヤ】、

廊下のたってねぇ、ピカピカやったち。そいで、

「しばらくこの家【うち】で暮らそう」て言うて、

その家ではね、誰【だい】が作ってくるかもう、

お昼になっぎねぇ、

じきねぇ、

ご馳走のチャーンとテーブルの上に載っとっ。

そいぎぃ、その好【し】いたとから食べて良かて。

そうして今度はねぇ、

夕方になっぎチャーンと、

お風呂も太ーか湯ぶで沸いて

シャワーもあってじゃんもん。そいぎぃ、

「お風呂ども入って、

もうよかごとしてくれ」て。

あったぎねぇ、ある日突然にね、

「もう、これからまた行に出るぞうー」て言うて、

お坊さんが言んしゃったもんじゃいねぇ、

「はい」ち言【ゅ】うて、

その若【わっ】か者【もん】のねぇ、

お坊さんの言んさっとに従うとったぎぃ、

お坊さんのねぇ、

金の柱のとこからね、ホッと何かつかんどったて。

「あっ。それは何ですかあ」て、聞いたらね、

「うん。これは壷じゃよう。

壷じゃよう」て、言んしゃったて。

「その壷の中には、

何【なに】が入っています」て聞いた。

「これは、これはここを出てからしかものは言われん」て、

言うことでねぇ、

またお坊さんが外に出てね、

ジャラジャラジャラて、数珠をたぐって、

何とかて、

「何、何、何、何、何、何、何」て、

長いこと拝みやったらね、

そこん扉がギーっと、

重い扉が開いたて。そしてねぇ、

「お坊さん、お坊さん。

さっきの壷は、ありゃ何ですか。

何が入っとっとう」と、

しきりにそれがひっかかっとったもんだから、

それを聞いた。

「ああ。あれなーあ、

君もあれのことには興味があるとみえるなーあ」て、

お坊さんが言んさったて。

そして、言んしゃんには、

「これはねぇ、ここん中には練り薬が入っている。

単なる練り薬だよ。だけどもねぇ、

これを左の目の上から塗るとねぇ、

この地上にある大変な宝物がねぇ、

即座に見える」て、言んしゃったて。

「ところが、右の目の上に塗るとね、

両方とも目は潰れてしまう。

だから、恐ろしい練り薬だよ」と、

そのお坊さんの言んしゃった。

そいぎねぇ、

「本当かねぇ。そんなに、

こんなに岩山のような泥ん中の物が、

そんなに宝物がみんな見えるかねぇ。

ひとつ、そいじゃ試しに

僕の左の目に塗ってみてくれー。

お坊さん、頼むから塗ってみてくれ」

「そいが、チョッとだよう」ち、

お坊さんが左の目のその壷ん中から、

練り薬をヒョッと塗ったら、確かにねぇ、

もう、あっちこっち宝物のあっとの見えるて。

良【ゆ】う見えた。

あれも欲しい、これもほしい、

欲しい物ばっかりて。そいぎね、

「お坊さん。右の目に塗っては、

まあーだ違う所の

宝物が見えるんじゃないかあ」て、

今【こん】度【だ】あ聞いたぎぃ、

「冗談【じょうたん】じゃない。

冗談じゃない。右の目に塗ったら、

左の目まで潰れてしまう」て、

こがん言うて、言んさっけどね、

いやー。その中を疑い持ったて。

お坊さんな、

右の目を塗ったら地下の宝物がもっと広く見えて、

自分達の、自分の思うままにさるっから、

私【あたし】にそれを取られるのが怖【こわ】さに、

あの、右には塗ってくれんて、

こう邪推したて。

「『右に塗っ』て、冗談じゃない。

盲になって言ってるじゃないか。

君、わからん男だなーあ」て、言うけど、

「右に塗ってくれ」と、言うもんだから、

「それほど頼むなら、

覚悟をしろよ」ち言【ゅ】うて、

塗ったらね、そうしたらね、

本当に真っ暗【くら】すみになってしもうたてぇ。

とうーとうねぇ、その男、

右の目に練り薬を塗ってもろうたばっかいでねぇ、

あの、乞食のごとなってねぇ、

そのへんの道端に座っとった。

二度と目は開かなかった。

〔一七四  本格昔話その他〕
(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P450)

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