嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしむかしねぇ。

ひとりの樵さんがおったてぇ。

毎日毎日、木ばっかい切っておったて。

そいぎねぇ、ある日、

山さい行たて、ひとりゾコンゾコン、

ゾコンゾコンちゅうて、

木ば切っておったぎねぇ、

ピラーッてしたて。

何【なん】じゃいわからんごたっとの、

黒ーかとの側にきたけん、

ビックイしんしゃったて。

怖【えす】かあ、て思うテブルブルっと、

その樵さんの震いんしゃったて。

そいぎぃ、そいが口きいて言うてじゃんもんねぇ。

「お前ゃあ、今、

『怖かあ』て、思ったな」て、言うたて。

ありゃあ、こりゃあ、

グズグズしとっぎぃ、いち食わるっばいて、

こう、樵さんが思うたぎねぇ、

道具もちかっと【少シ】寄せかかいよったぎぃ、

そん魔物【まもん】がさ、

「ゲラゲラゲラ、アアハハー」て、

わやくんごと笑うて、

「お前【まい】は今、食わるっとと思うて、

怖【こわ】しゃしおんなあ」て、言うたて。

そいぎぃ、

その樵さんないよいよたまらんごとなって、

早【はよ】う逃げんば、早う、

逃げゆっだけ逃げんば、

て思うたぎぃ、魔物がねぇ、

「逃げらるっだけ、早う逃げんばあて、

思うとんなあ」て、こう言うてじゃんもん。

そいぎぃ、

こりゃあ俺が思うとっ心ん中は

何【なん】でん知っとっ。

あーくそ【ウルサクナッタ場合ノ気持チ】、

ていう気になって、どうなっとんなれ、

と思うて、諦【あきら】めたて。

そいぎまたその、ビラーッとしたとの、

「お前【まり】ゃ、今諦めたなあ。

どうともなれと、思うたなあ」て、こう言うて。

一から十まで良【ゆ】う

見透かさるっぎ恐ろしゅうしてねぇ、

体はコチコチになっとったて。

こうなったぎぃ、仕方んなかーと思うて、

ブルブル、ブルブル、ブルブル震【ふり】いながら、

木の枝ば折ってもう、

帰りの荷物の支度ないとんしゅうだいと思うて、

ポキーポキー木の枝ば折り始めたて。

あったぎねぇ、

樵の側まで来とったてじゃんもんねぇ。

その魔物のごたっとの。

もう、いち食おうかにゃあ、

飛びかかろうかにゃあ、

と思うごと、狙【ねら】っとったて。

そん時、木の枝ばポキーンて、

折った拍子に木の枝がパチーッて

弾【はじ】いて、その魔物の目の辺【にき】

に突き刺さったて。そいぎぃ、

その樵さんもビックイしたいどん、

魔物がおめっかんことに【思イモヨランコトニ】、

もう恐ーろしゅうたまがった様相でねぇ、

「ああ、私【わし】が

思うてもおらんことに出合うちゅうことは、

こがーん恐ろしかことかなあ」て、

こいしこ言い残【のけ】ぇて、

もう逃ぐっとの速さ速さ、

ちんちろ舞【み】ゃあ【目ヲマワス】して逃げて行たて。

そいばあっきゃ。

〔一六七  本格昔話その他〕
(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P444)

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