嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしむかしねぇ。

お寺の前、

お婆さんが一【ひと】人【い】住んどらしたてぇ。

小【こま】ーか家に。

そのお婆さんがさ、雨の降っぎぃ、

もう手拭は離さじ泣きおらすちゅう。

天気の良か日、また泣きおんしゃって。

何時【いつ】も見ても涙をボロボロ、

ボロボロ泣かん日はなかちゅう。

そいば、お寺のお坊さんの、

あの婆さんななしぃ、

何【なん】じゃいこの頃悲しかことのあったとや、

不思議かにゃあ、

て思うとんしゃったて。

そいで、声ばかけんしゃいたちゅう。

「これ、これぇ。お婆さん、

何【なん】でそんなに悲しかとかあ。

いっちょう話【はに】ゃあて聞かせんかい」て言うて、

お坊さんの聞きんしゃった。

婆さんの言んしゃっには、

「なあー、お坊さん。

いっちょ聞いてくんさい。

私には二【ふた】人【い】息子がおっばってん、

一【ひと】人【い】は町で傘売いばしおっ」て。

「もう一人は草履売りばしおっ」て。

「そいぎねぇ、

雨の降っぎ草履の売れんじゃろうだい。

あいが銭【ぜん】儲けも

何【なーん】も売いえじ困っとろうだい、

て思【おめ】ぇよっぎもう、

私ゃ泣かじおられん」て、こう言わすて。

「そいでまた、

余【あんま】い天気の良か日の続くぎぃ、

あの、息子のうち傘買う者【もん】のなかろうだい。

傘一本でん売れじ困っとろうだい」て。

「あの傘売いの息子んとば思うぎぃ、

涙が止まりませんよう」て、

がん婆ちゃんの言んしゃったて。

「そいけん、雨の降っても私ゃ泣きよっ。

天気の良かっても泣きよっばーい」て、

言うたぎぃ、そいばお坊さんの聞いて、

「そうか」て。

「そいぎぃ、婆ちゃんな一生泣いて

暮らさんばらんなあ。

だけどなあ、

『そうかい』て言うて、

婆さん、嬉しかごと、

有難【あいがた】かごと暮らさるっ方法ば

教【おし】ゆうかあ」て、

言んさったて。そいぎ婆さんな、

「そぎゃん有難かことのあんないばい、

ぜひ知恵を授けてくんさい」て、

お坊さんに頼んだちゅう。

そいぎぃ、坊さんの言んしゃっには、

「世の中にはなあ、

幸福ばっかい続くもんでなあ。

幸福ばっかい続くもんでんなかあ。

幸福の反対の対【つい】の者【もん】な不幸」て。

「婆さんの不幸【ふしあわ】せばっかい考ゆっけん

泣かんばらん」て。

「反対【はんたり】そいば、

良かことの方ばっかい考えゆっぎぃ、

いっちょん泣かじ良か」て。

「今日は天気の良かけん、

草履を買うお客さんが多【うう】して繁昌しよっばい。

雨の降っ時ゃあ、傘の売れて売れ、

羽の生【は】ゆっこと売れよっばい」て。

「そがん思うぎぃ、

いっちょん泣かじよか」て言うて、

お坊さんが聞かせんさったて。

そいから先ゃ、この婆ちゃんはね、

いっちょん涙流すことなかて、

立派な楽しく余生を送ったて。

そいばあっきゃ。

〔一六六  本格昔話その他〕
(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P444)

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