嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしむかしねぇ。

田舎で男が一【ひと】人【い】おってぇ。

正月ということだから、包丁で肉の料理をしおったて。

豚の肉を切りよったぎぃ、その男のいちばん小さか子供が、

「豚ん肉の美味【おい】しかねぇ。一切れ食べさせてー」

て、言うもんだから、その肉ば食べさせたぎぃ、

「ほんに美味【おい】しか。まいっちょ頂戴」

て、言うたて。

そいぎぃ、

その父親は、

「お腹【なか】がポンポンが痛くなるから、

ま一時【いっとき】したから、後で食べろう」て、言うたぎぃ、

「いやばーい、いやばーい。今、頂戴」て言うて、泣き出すもんだから、

親父が、

「言うことば、こん畜生【ちくしょう】聞かんかあ。ほら、こうすっぞう」

ち言【ゅ】うて、ヒョッと包丁ば振り上げたところが、

その包丁が振り上げたばっかいじゃったとこれ、首ん所に飛うでいたて、

その坊やの首を切り落てぇてしもうたて。

そいぎねぇ、父親はもう、希望を失うし、皆が寄ってたかって心配して、

こんな不思議なことがあるもんじゃろうかと、心配しおったいどん、

じき役人が飛んで来て、

「こりゃ、子殺しの犯人じゃあ」て言うて、親父ば捕まえて行ったて。

そうして、

役所に行たて調べてみた時ゃ、

父親は、

「私【あたい】が子供の首を切ったとじゃなかあ」て。

「子供を威かそうで、『そがん沢山【よんにゅう】食ぶっぎお腹が痛うなっ』

ち言【ゅ】うて、振り上げたばっかいじゃったのに、

ぎゃん結果になってしもうたあ」て言うて、泣きながら話すもんだから、

「ほんなことじゃろうかあ。そぎゃんことあんもんかい」

て、言う者【もん】がほとんどじゃったて。

そいぎぃ、

「ものは試してみじゃあ」ち言【ゅ】うて、

牛ば、そこん辺【たり】ぃおるとば連れて来て、

その包丁ば、ヒャーッと振り上げたぎぃ、

振り上げたばかいで、その牛の首に包丁が飛んで行たて。

牛の首をちょん切【ぎ】ったもんけん、コローッと、牛の死んだて。

そいぎぃ、

「ほんなこっちゃったあ。お前【まい】に罪はなか。

そがん、我が子ば殺す者【もん】はなかよねぇ」て言うて、

許して帰って良かったそうです。

そいから皆して考えたあげく、

「あの包丁ば、このままにしておくた勿体【もっちゃ】あなか。

京都さい持って行たて、こりゃ刀に変えるて貰うてが良かばい」

て言うて。

そうして、そのへんで偉い方で、その他いろいろの知識の優れた人のおんさいた人に

包丁ば持たせて、刀打ちさんの京都におんさっ所【とこれ】ぇ行きんさいた。

「この包丁をどうぞ剣【つるぎ】にゃあになしてください」て、頼みんさったて。

そいぎぃ、

その刀剣をする人は一目その包丁ば見て、

「見事じゃあ。これは見事じゃあ」て言うて、見おったて。

そいぎぃ、

その剣ば宝に作り変えてやって、いうことになって、その刀を立派に作らせて。

ところが、

その刀剣士は、

「こりゃ、このまま返しては良【ゆ】うなかあ。

こぎゃん良か刀は、自分がなわしとこう【シマッテオコウ】」

て思うて、奥深くなわしておったて。

そいぎねぇ、

「立派にでき上ったけん」て言うて、刀を包丁でできた刀と思い込んで、

田舎から来た人は恭しく持って帰ったけれども、どうも違うごたっ。

帰ってから皆に見せても、あの刀とどうも違う。

そして、その人はほんに学問もしとったし、優れておったから、

包丁のいちばん切るっ所の背の方に印をつけとった。

その印がない。

ぎゃん研ぐぎ消ゆっとやろうかあ。

いや、そうじゃなかろう、と思うて。

そいぎぃ、元のほんな物ば取り返さんばあ、

こりゃあ、頼んだ人にも申しわけないて、

その立派な田舎の学者さんが思うたもんだから、

その人は京都の言葉も習い覚え、まあ一遍京都に上って、ほんな物ば取り返して来っ、

と思うて。

そして、

行くことに決めて、一筋なわではいかんけん刀剣士の弟子にしてもらおう、

と思うて、弟子に住み込んだて。

そうして、

信用受くっごと一生懸命、陰日向なく働いた甲斐があって、

スッカリもう信用してもらったごたふうやったて。

そして、

そこの刀剣士には一【ひと】人【い】の娘があって、

今年は十九でほんな花盛りの美人じゃったあ。

ところが、

京都には祇園祭いというものがあって、その祇園祭いがやってきたて。

そうして、

「お祭りだ。お祭りだ」て言うて、その刀剣士の家【うち】でも、

「今日は皆、休め。お祭り見物に出かけよう」

ち言【ゅ】うて、皆が出かけましたと。

けれども、

田舎から来た物知りは、

自分には包丁ば刀にしたのを取り返す役目があるので、

私はもう、祇園祭いの段じゃなかあ、と思うて、

作い病気して、

「頭痛がすっから、今日、私は留守番させていただきます」

て、言うたら、

その親方も、

「そうかあ。そりゃあ、気分が悪かったら仕方がない」ち言【ゅ】うて、

「あの、自分の娘も『行かん』て言うから、あれに看病さすっぎ良か」

て、看病させたちゅう。

ところが、その一人娘がもう、

ほんに姿も形も美しいし、気の利いてもいる田舎から来た物知り男に大変心ば魅かれて、

心を寄せとったて。

そいけんもう、

一生懸命、頭を冷やしてやったり、肩をもんだりして、あの、看病しおったから、

この時とばかりこの男は、

「『こちらには不思議な剣がある』と、チョロッと聞きましたが、

ほんなこてあっですかあ」ち言【ゅ】うて、

こう、やりかけたら、

「あらー、どうしてそれを知っておられたんですかあ」

て、娘さんは言うたちゅう。

「はーい。チラッと、お父さんから聞きましたよう」て、言うたもんだから、

その娘もスッカリ心を許して、

「お父様が、『家の宝にする』ち言【ゅ】うて、『あんなのはめったにない』

ち言【ゅ】うて、仕舞っておられるんですよ。

ほら、ここにあります」て言うて、奥の奥座敷から、戸棚の奥の奥から、

あの、ちょうど包丁を刀にしたのを物知りに見せたて。

そいぎぃ、

物知りゃ知らん振りして、

「あらー、こいが家宝にすっ刀ねぇ。珍しかねぇ。これがねぇ」て言って、

丹念に刀を長【なご】うかかって見おったて。

そいぎぃ、

そのうち娘は、

「もう、お昼になりますから、あなた様にうんとご馳走しますよ。

何【なん】か買い物に行ってきます」ち言【ゅ】うて、出かけて行たて。

そいぎぃ、

もうこの時を外【はず】すぎもう、逃ぐっ時はなか、と思うて、

その剣をひっつかんで、そうして窓から矢のごと飛うで、帰ったて。

そうして、もう田舎さん帰って、

「これこそ、紛れもなかその宝剣だ。あの包丁を刀にした宝剣だ」て言うて、見せたて。

そいでも、

うまくそれを手に入れた功名で、もう噂が村中に広がって、

村の殿さんが自分の家来に是非その男を取り立てたて、いうことで

その後、立派な侍になったちゅう。

そいばあっきゃ。

[一五一  本格昔話その他]

(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P425)

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