嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

むかーしむかしねぇ。

大金持ちさんの商人さんがおんしゃったてぇ。

そこの商人さんには、沢山【よんにゅう】下男やら、丁稚やら、

雇われて来とったてやんもんねぇ。

そこにもう、

ほんにねぇ、若い丁稚がね、気の利いとっともおったてぇ。

そうして、ある日のこと、その檀那さんにねぇ、

「檀那さん。あんさん、どうしてぎゃん金持ちになんさったですかあ。

どうしてこんなに商売が繁昌して、良かあぎゃんとになんさったですかあ。

その秘訣ば私は聞きたかあ」

て、丁稚さんが言うたてじゃんもんねぇ。

そいぎ

その檀那さんの言んさんには、

「明後日【あさって】は、ちょうど店の休みじゃ。その休みん時にねぇ、

私【わし】ん所【とけ】ぇお出で」

て、言んしゃったて。

そいぎぃ、明後日になった時ねぇ、その丁稚さんがねぇ、

檀那さん所【とこ】に行たぎばい、

檀那さんがニコーニコーして、

「おうおうー、来たなあ」て言うて、井戸ば指指【し】ゃあてねぇ、

「あすこの井戸の水ば汲んでくれ」て、言んしゃったて。

「どいでですか。この釣瓶ですかあ」て、聞いたぎぃ、底んなかてじゃんもん。

「うん。そいで汲むしか他【ほか】にないなあ。釣瓶はそけあんもん。

底のない釣瓶で水汲んでくれやあ」

「檀那さん。底のなか釣瓶で、そがん水ば汲まれんですよう」

て、丁稚さんが言うたてぇ。

あったぎねぇ、

ニコーニコー笑うて、

「そがん、あんたあ、金儲けの方法ば聞きぎゃ来たもん。

やすやすと教【おそ】えんとなん」

ガラガラガラ一日汲んでも、いっちょうでん水は溜まらんちゅうもんねぇ。

そいぎぃ、

「檀那さん。底のなか釣瓶で幾ら水汲んでも、水は溜まらん。

何【なーん】も水は溜まらんばい」て言うて、言んしゃったぎねぇ。

「そーうかあ。底んなかでは水は上がってこんよなあ。

あんなら、底のあっとばつきゅうだーい」ち言【ゅ】うて、

底のあっ釣瓶をつけてくんさったあて。

そして今度はねぇ、太うか笊【ざる】ば置いてねぇ、

「そいぎさ、これあの、水ばいっぺぇにゃあてくれ」て、言んしゃったて。

そいぎぃ、

「また、こりゃあ、反対【はんたり】、これ、水の笊に溜まんもんですかあ」

て、言うたいどん、

「なあ、そんなこと言わんで、してみろやあ。

銭儲けの術ば授けと思うないば、そんくりゃあなことばせろ」

そいぎぃ、

その丁稚さんな、またカラカラカラ一生懸命、汲み上げるけれども溜まらんちゅうもん。

そいぎねぇ、

大抵【たいちぇ】草臥れた時分に、

「もう、そんくりゃあで良かろう。四、五十回ぐりゃあ汲んだかあ」

て言うて。

「四、五十回どころか、もう五、六十ぐらい汲みましたよう。

あいどん、

水は何も溜まらんやったあ」て。

そいぎねぇ、

檀那さんの言んさんには、

「何【なん】でん金儲けは、こんなふうなもんだよ。

ぼろ儲けしゅう。沢山【よんにゅう】、溜みゅう溜みゅうて、思うぎ溜まらん。

あいどん、セッセセッセとしおっぎぃ、触ってみなあ、水気ぐりゃあは、あろう」て。

そいぎぃ、

なるほど、釣瓶の方にも触ってみっぎぃ、シトシトと水気がある。

笊の方にもしても、水にぬれとっ。

「そんなねぇ、ちぃっときのを我慢し、

辛抱に辛抱重ねて積みあげていくのが、商売のコツであり、お金が溜まるもとだよ。

沢山【よんにゅう】稼ごうで思うことなん」

て言うて、教【おそ】えんさいた。

そいぎもう、

その丁稚さんのね、例え損せん分のぐりゃあのことないば、一生懸命働きよったぎね、

良か丁稚さんになって、のれんわけどんしてもらいんしゃった。

そいが銭儲けのコツやったて。一生懸命真面目にやった。

そういうことやったて。

そいばあっきゃ。

 [一五〇  本格昔話その他]

(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P424)

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