嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーし。

あるところに、お婆ちゃんとお父さんとお母さんと

、暮らしよんしゃった。

ところが、

そこにはいっちょん子供の生まれんてじゃもんねぇ。

「他所(よそ)は沢山(よんにゅう)

子供のおって幸せそうじゃいどん、

家(うち)ゃあ、

ほんに子供なかとがいちばんきつかあ」て言うて、

言いよったぎぃ、婆ちゃんの、

「ほら、観音さんの近(ちこ)うにおんしゃんもん。

あすけいっちょ、

子供ば授けてもらうごと参(みゃ)あれぇ」て、

言うことで、夫婦の者(もん)なねぇ、

「どうぞ、一人、

男でん女(おなご)でん良かけん、

私達も子供ばお授けください」て、

参あんしゃった。

あったぎねぇ、じきーにね、

女(おんな)の子の生まれたてようー。

そいぎぃ、そこん者(もん)なね、

「丈夫で育つごと」ち言(ゅ)うて、

「その女の子の名前ば強かごと」ち言(ゆ)うて、

クマてつけんしゃった。

そうして来る日も、

「おクマ、おクマ。クマやあ、クマやあ」ち言(ゆ)うて、

可愛がいおんしゃったて。

ところがねぇ、

婆ちゃんが年取って病気しんしゃったて。

そうして、

いっちょん治(ゆ)うならんてじゃんもんねぇ。

お医者さんも余(あんま)い遠か所でない、

薬(くすい)ちゅうてもなかもんじゃあ。

もう婆ちゃんの病気は、

ドンドンドンもう、悪うなっばかい。

そいぎぃ、神さんに、

「婆ちゃんの病気の治(ゆ)うなっごと」ち言(ゆ)うて

参(みゃ)いおらしたぎぃ、

ある晩、神さんの夢に出んさった。

「その病気は、クマの胃ば飲ますれば良くなっ。

クマの薬ば飲ませれば良くなる」て、

こぎゃんお告げじゃったて。

そいぎぃ、お父さんなビックイして、

そのお宮さんから帰っておっ母(か)さんに、

「『クマーば、クマの胃ば飲ますっぎ治うなっ』て。

『クマーば飲ますっぎ治うなっ』て、

神さんの言んさった。

どがんしたこんな良かろうかない」言うて、

「たった一(ひと)人(い)のクマを、

おクマはたった一人おっとこれぇ」て言うて、

二人の夫婦は話合いんよんしゃった。

そいぎぃ、おっ母(か)さんの方はね、

クマの胃ば飲ましゅうでちゃ、

クマばいち(接頭語的な用法)殺さんばなん。

折角、生まれた子ば殺さんばなん。

そいどんなあ、子はまた生まるっかわからんけど、

親はまたとなかけん。

とにかく、婆ちゃんの病気の治(よ)うなっぎ良かあ。

婆ちゃんの病気さえ治くなすぎ良か、

また子供は生まるっじゃろう。

こう、おっ母さんの思(おめ)ぇさいたもんだから、

おっ父さんには相談はせんで、

裏の戸口から連れ出して、

クマを。その子を、娘ん子を連れ出して。

そうして鎌でヤアーッて、

首ばおし切って、ちょんぎってぇ、

そうして、お腹から胃ば取り出して、

「婆ちゃん。これ、お薬だよ」て、

じき飲ませたぎぃ、

婆ちゃんな飲むとよいか早(はよ)う、

じき元気になんしゃった。そいぎぃ、

「良かったねぇ」て、言うけど、

おっ母さんはショーンボイして。そうして、

「こりゃあ、神さんにお礼参りばせんば」ち言(ゅ)うて、

神さんにお礼参りにソローッて、行きんしゃった。

そうして神さん所(とけ)ぇ来たぎぃ、

神さんの首のコローッて、

欠けとっちゅうもんねぇ。

「おかーしかにゃあ。あらー、

もったいなかとけ転んどんさっ」ち言(ゆ)うて、

その抱えてお父(とっ)たんは首をつけたぎぃ、

お腹にも傷跡のあっ。

「おかしかにゃあ。不思議かにゃあ」ち言(ゆ)うて、

三人連れそけで話しおんさったぎぃ、

お堂の中(なっ)から、

「お母ちゃーん」ち言(ゆ)うて、

おクマが顔出(じ)ゃあたて。そいぎぃ、

「こりゃあ、神さんな、

この我が子の身代わりになってくんさった。

ほんにー有難(あいがた)かったあ」ち言(ゆ)うて、

しきーりに三人は拝んで帰らしたいどん、

そのことが村中にじき広がって、

そのお宮さんな大繁盛して、

参詣者が毎日毎日やった。

チャンチャン。

〔本格新一一C 孫の生き肝・複合型(AT516)〕
(出典 蒲原タツエ媼の語る 843話 P251)

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