嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしむかしねぇ。

「山道に幽霊の出(ず)っ」ち言(ゅ)う話のあいよったもん。

そいぎねぇ、

「ほんなことじゃろうかあ」て。

「いんにゃあ。ほんなことは、

あつこば通ぎんとにゃもう、

日暮れどん通ぎんとは必ず幽霊の出て来(く)っ。

昼んのなきゃあ通らんばあ」て、言う話がもう、

持ちきりやったちゅうもんねぇ。

そいぎぃ、

日暮れどまその山道を通る者(もん)はなかったちゅう。

そいぎぃ、ある男がさ、

物好きもあろうもんでねぇ、

「私(わし)が、

その幽霊ば見て来(く)うだーい。

どがん幽霊じゃいろう」て言うて、

羽織(はおい)どん着てさ。

そうして、

その山道に差しかかったちゅうもんねぇ。

髪も長(なーん)か女(おなご)が

赤ん坊は抱(だ)っこして、そ

うして出て来(く)っちゅうもんねぇ。そして、

「あんさん、この子をしばらく、

私が髪を結う間、抱(うだ)いとってください。

お願いします」ち言(ゅ)うて、

子供ば預くっちゅう。

そいぎぃ、仕方なしその男は、

その赤ん坊を抱っこすっぎぃ、

赤ん坊を見てむっぎ愛らしかて。

あいどん、化け物の、

幽霊の子ちゅうけん、あがんと、

こう、抱っこ、我が方に顔ば向けてすっぎぃ、

ヒョッとかぶいつかるっぎ怖(えす)かにゃあ、

と思うとったもんだから、

向こうむきに抱っこして。

そして、その女の髪結うとば見よったて。

そいぎぃ、

丁寧にしゃがんで髪ば後ろからスラーッて、

長(なご)うかかってその山道に腰掛けて女が結うてじゃんもん。

もう、長うかかって、

早(はよ)う結(むす)うてくるっぎ良かとけぇ、

て思うけど、なかなかその女が髪ば結い上げんて。

もう何遍でも梳(けず)っては、

片手でつかもうですっぎパラッてして、

また梳っちゃあパラッて。

そうして、その子はどがんかていうぎぃ、

羽織ば着とんしゃったけん、

その羽織の紐ばね、

長(なご)う短(みしこ)うした羽織の紐のちいとったけん、

長う守いしとらんばらんもんだから、

羽織の紐どんこうやったぎぃ、

そいば結(むす)うだい解いたいして、

その赤ん坊は羽織の紐ばおもちゃにして、

何時(いつ)まっでんおとなしゅう抱かれとっちゅうもんねぇ。

そうしてもう、女の幽霊はその、

何時(いつ)まっでん泣くそうで、

その髪ば結(い)いおって。

そいがようようもう、

東の空があぎゃんと、

しらみかくっ(夜ノ明ケル)ち言いよっ時分に、

やっと髪ば結い上げてね、

「どうも、有難うございました。

長いこと、あんさんに抱っこしていただいて、

私は助かりましたあ」て、言うてね。

そして、ほんに丁寧にお礼ば言うて、

「これは私の宝物ですが、

どうぞ、あんさんお礼に差し上げます。

貰ってください」て言うて、

やったてぇ。

「そうですか」ち言(ゅ)うて、貰うた。

もう幽霊じゃったけん、

何時(いつ)ん間(ま)にじゃいきゃあ(接頭語的な用法)

消えてしもうたて。

そいぎねぇ、その男は、

その宝物を貰って行ってから先ゃ

運が良かことばっかいあって、

長者になったて。

そいぎぃ、村ん者(もん)どんがねぇ、

「俺(おい)も幽霊に会うぎ良かったあ。

俺もその幽霊ば見たかったあ」ち言(ゅ)うてねぇ。

そいから先ゃ日暮れになってからは、

若(わっ)か者(もん)どんが通ったちゅうもん。

あいどん、

そいから先ゃ一遍でも女の幽霊は出んじゃったて。

そいばあっきゃ。

〔本格新二〇 産女の礼物(AT七六八)類話〕
(出典 蒲原タツエ媼の語る 843話 P252)

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