月見草の花嫁 作:花山院路子

月見草の花嫁 作:花山院路子

嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかしゃ。

ぎゃん道が整備っされとらんやったから、

道にも草の生え放題。

そいにももう、小さい草じゃなしに、

もう着物(きもん)でも何(なん)でも、

かがいつく(マトワリツク)ような丈の長い草が、

そのねぇ、そんな所を旅しよったて。

そいけん、(車もなかったと。)

馬が車の代わりに荷物を乗せたり、

女の人は足が弱いから、

「ああ、歩きえん。

あつこまで行かんらんとけぇ、行きえん」て言うて、

馬の背中に揺られてね、

山越え谷越えして行きよった。

そいぎぃ、その馬には跳ねたいないしたいすっけん、

馬方さん、そい馬方さんが馬子、

馬子がおんさいたあ。

もう声の良さ良さ、

生まれつきにとても声のいい、

一(ひと)人(い)の馬子さんがいたちゅう。

そうしてねぇ、荷物を乗せたい、

そして人を運んだい、

その馬子さんはしとっ。

何時(いつ)もその唄が上手、追分が上手。

そんなねぇ、鼻声の良か、唄のきれいかと。

そいぎぃ、その馬子さんはねぇ、

朝起きっぎぃ、前の山からじき、

その商売道具の馬に馬草ばやらん。

軟らかい草を一日にじき食べに来よった。

そうして、

「ああー」と一声、朝起き時に、

霧がかかった山に向かって、

追分の自分の知っている歌を一声歌う。

そいぎぃ、その声の良さ良さにね、

生えてる草でも、そいから高く聳(そび)えている、

あの木でもそいば優先で、

朝昼のその馬子さんの唄に、

追分聞き入(い)った。

山の木でも草でも、惚れ惚れと聞いていたのです。

そんなに唄がよかったて。

そうして、その馬子さんはねぇ、

「あら、唄の上手な馬子さん。

乗せてください」て、道中で歌うからねぇ。

そして皆が旅をしよったわけですよ。

そしたらねぇ、ある日のこと、

もう大きか荷物をいっぱい持って、

もう博多よいか過ぎて小倉辺(にき)まで、

山越え谷越え、

そりゃあ駒鳴峠(佐賀県伊万里市大川町と

東松浦郡北波多村の境にある峠)てあるように、

馬でもねぇ、

大きな荷物を重たいのを背に積んであっけん、

もう足がかわらんごときつか。(駒鳴峠てあります。)

そんな山坂の険しい所を越えてね、

小倉までも沢山(よんにゅう)荷物を運んで、

しかも帰りにまで荷物を運んで、

そうして、ああ、今日(きゅう)はきつかったあ。

今日は草臥れたことはなかったあ、

と思うて、表(おもて)の上がり口に

「ああ、草臥れた」て、腰掛けて。

「ごめんください」

優しい女の声で、

そいぎぃ、ありゃあ、何(なん)じゃいごめんください、

と言いよたよう、と思うて、

軒下にねぇ、そりゃあ、

見たら目の大きくて真っ黒くして、

髪の真っ黒かきれいな十七、八の娘さんがねぇ、

「今晩は」ち言(ゅ)うて、立っている。

「今晩、どうぞ、お宅にお泊めください」

「ありゃ、

『家(うち)泊めろ』て、

家(うち)はねぇ、あんたあ、

人を泊むっごと布団でん持たんよう」て、言うたら、

「そのお布団なら、

ここに持って来ております」

足元を見っぎにゃあ、

ほんなこて布団ば包んで持って来とっ。

「そいでもまあ、

ここばまちかっと行くぎにゃあ、

金持ちさんばかい。

我がはあ、ここの父も母も死んで、一(ひと)人(い)暮らし」て。

そうして、

「今日(きゅう)に限って、

遠ーか所まで荷物ば、大きかとば、

重(おふ)たかとば運んで馬も草臥れたけど、

私(わし)も草臥れて今帰って、

ドッコと座っとっ。夕飯を、昨日飯食うた、

こけぇ座っとっ。

そいけん、家(うち)は泊まらせえんよう」

「どうにもこうにも、

お宅に泊めてください」

「夕飯もまーだ食べていらっしゃらなかたあ。

私もここにおって」

そいぎぃ、イソイソと夕飯を炊く。

そうして、

「お味噌汁の匂いも美味(おい)しかぞ、

ご飯の匂いも美味しくて。

ああ、こんなに美味しいのか。

私(あたし)は味噌物ばっかり、

漬(つ)け物(もん)どんばっかいよう、

生きてきたけど、

今日(きょう)の晩ご飯な美味(おい)しい、

美味しい」ち言(ゅ)うて。

そうして食べて話をしたらね、

「私(あたし)はもう、

あなたさんのお嫁さんにしてもらいたい、

と思うて、来ました。

かねてからあなたさんの

お嫁になりたいと思っていました」て。

「ありゃ。困ったにゃあ」

そいどんねぇ、

「私(わし)はまーだ一(ひと)人(い)どん、

嫁さん取っとらん。

一遍も結婚したごとなか人間ばい。

もう取い時、ぎゃん貧乏じゃっけん、

嫁さんな取いえじおっ。その私で良かてやあ」

「ああ。あなたさんのお嫁さんに、

是非ともお願します」

「あらー。ほんに困ったことて言うか、

嬉しいて言うか。ほんに、

そんないひとつ暮りゃあてむうかあ」て言うて、ないしゃったて。

そうして嫁さんから、

もう良う親切にしてもろうて、

着物もサッパリと洗うてもろうてね、

ああ、やっぱい嫁というもんは良かったにゃあ、

て思うて。そうして暮らしおんしゃったと。

そいでんねぇ、あの、今日(きょう)も先ず、

あの、そうして朝は刈る前には朝、

声を限りに歌(うと)うたら、

本当に今日、勝手に生えとる木の、

その辺(へん)に萱(かや)と草とか生えとるのを、

もう朝の霧がこう、かかっているけれど、

本当に恨む気もなし、

その馬子さんの唄がよっぽど良かったんでしょ。

山の木も聞いても。

そして一息、歌って馬草を刈ってね、

束(たば)ねて担げて、お家(うち)に帰ったて。

そして馬子さんが、

さあ、青みの刈ってきたのを解(ほと)いたらね、

そこの解いた所に、

朝露下(お)りたきれいな月見草の黄色い花が咲いて、

朝霧にまだ濡れて。

あらー、きれい。まあー、見事だ。

こら、私が一(ひ)人(とい)見てもったいない、

と思うて、

「嬶(かか)よ、嬶」て、呼んだらね、

何時(いつ)も嬶て言うたら飛んで来るはずの嬶が、

見えない。

ああー、こいを一人(ひとい)眺めもったいないようにきれいだ。

ぎゃんきれいか花はなか、と思うてねぇ、

奥の方に、何処(どけ)ぇ行きおっ、

二階行たろうかあ。

あら、きれいか月見草の花やっとこれぇ、

あいが一遍見っぎきれいか、

と思うに違いない。

奥に行ったら、

台所のたたきん(土間ノ)所に嫁さんが倒れとってぇ。

あら、お前(まい)はどうかあったのかあ、

どうか具合どま悪かったのかあ、

と思って、もう心配やって抱き起こしたらねぇ、

「私は、私は、前の山に夏が来れば、

あの月見草の花。

朝、あなたさんが来て、

美しい声、清らかな声で歌ってくださるその唄が、

惚れ惚れと聞いておりました。

あんな美しい声の持ち主であられたら、

キッと優しい方に違いないと。

キッと心の美しい、いい方に違いない。

あの方のお嫁さんになりたい、

あの方の是非、お嫁さんにしていただきたい、

と思って、やっとあなたさんの

嫁さんになることができました。

それが、今朝はあなたさんの手で、

その月見草の私は精」て、

言うてから、こと切れてしまった。

哀れな話です。美しくも哀れな、

むかしむかしの話です。

そいばっきゃ。

〔本格新8 花女房(AT407)〕
(出典 蒲原タツエ媼の語る 843話 P248)

標準語版 TOPへ