嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーし。

ある村にねぇ、あの、

いちばん上のお母さんの娘ば可愛かとば持って死にんしゃった。

あったぎぃ、

じき後妻さんの来たいどん、

後妻さんにもまた可愛か女の子の生まれたちゅう。

そいぎ継母さんは、

その我が子ば可愛【かわゆ】うしてたまらんじゃった。

あっ時、

冬になってねぇ、雪のチラチラチラ降っ時ねぇ、我が子ばさい、

「ぎゃん冬にさい苺【いちご】の食べたか、

頬っぺたの落ちっごと美味【うま】かろうごたっあ」て、

ぎゃん言うたもんじゃい、

継母さんは我が子の可愛しゃ一念にねぇ、

先【せん】の子に顔ばいっちょ突き出【じ】ゃあて、

「この籠【かご】いっぴゃあ、苺ば摘んで来ーい」て、言んしゃったあ。

そいぎぃ、ぎゃん冬に何処【どけ】ぇ苺は生っとるか。

お母さんの私【あたい】ば憎みおんしゃっ、ちゅうことば知って、

先の娘ば、もうほんに泣こうごとあったいどん、

もうお母さんの言いつけじゃんもん、聞かじゃなんみゃあ、と思うて、

山ばずうーっと行きおった。

そいどん、苺らしか物【もん】はいっちょんなかったぎぃ、

山ば三つばかい越えた所【とこ】で、

真っ白か髭【ひげ】の生えたお爺さんに出っかした。

そして、

「ぎゃん冷かとけ、何処に山ば行きおっかあ」て、

その爺さんば聞きんしゃったけん、

今までの訳ば話【ばに】ゃあたぎぃ、

「そいじゃ、こっち来い、こっち来い。

苺のあっ所ば教【おし】ゆっばい」て、お爺さんが言んしゃったて。

そうして、もういっちょ山ば越えたぎねぇ、

そこはねぇ、

恐―ろしか今まで冷かったと、春のごと温【ぬ】っかって、日の照おった。

そうして、赤か苺がいっぱいあったぎそいば見て、

「ああ、良かったあ」ち言【ゅ】うて、摘みおったぎぃ、

ホッと見たぎもう、

お爺さんな何処【どけ】ぇじゃいろきゃあ【接頭語的な用法】消えて

姿が何【なん】も見えんじゃった。

あいどん、

籠いっぱい苺ば摘んだもんじゃっけん、今来た道を、もう急いで、

きっとあの、おっ母【か】さんもこの苺を見せたら、

私【わたし】を可愛がってくるっじゃろう、て思って、

持って帰ったぎねぇ、

「ああー、美味しい。ほんなこてぎゃん真冬でん苺のあったあ。

ああー、美味しい。あるとこあったなあ」て言うて、

その苺ば摘んで来た娘には、一粒でん食べさせじぃ、

みーんな食べてしもうたあ」

そうして、二、三日したぎ今度は、その継母さんの子供が、

「紫の苺もあろうねぇ。

紫の苺ない真っきゃ熟【う】れて美味しかに違いなかよう。

紫の苺ば食べてみたかあ」て、こう言うた。

そいぎ継母さんは、もう夕方じゃったところにねぇ、

その先の母【かあ】さんの子に、

「あんないば、紫の苺ば摘んで来ておくれ」ち言うて、

またこの前の籠ば差し出【じ】ゃあたて。

ぎゃん暗【くろ】うなっとこれぇ、

私を家【うち】から追い出すつもいじゃろうと。

また家場【ば】から押し出【じ】ゃあて、

「取って来んばようー」て言うて、戸ばピシャーッと閉めたて。

そいぎもう、仕方なしにシオシオと出て行たて、

山の麓に泣きおったぎね、

こないだのお爺さんが、ひょろっと出て来て、

「何【なん】で泣きおっ」て、言うたから、

今までの経緯【いきさつ】を話【はに】ゃあて、

「紫の苺があるかないかも知らんけど、

『摘んで来い』てだから」て言うた。

「そいじゃ、こっちにお出【い】で。

私【あたし】が案内しよう」ち言【ゅ】うて、連れて行きんさった。

そうして、ずうーっと山を行きおったぎぃ、

谷ん底の暗【くら】―かごたっ所【とこ】を見て、

「あすこに、沢山紫の苺があるから、取ってお出で」て言うて、

教えんさった。

いっちょ山越えたばっかいの谷ば暗ーか所で、ずうーっと行きおったぎ

ほんなこて暗―か谷底に紫の苺があったて。

そいぎぃ、

このことじゃろう、と思うて、娘さんは一心にその苺を摘んだ。

そうして、自分の家【うち】に帰った。

そいぎねぇ、またお爺さんがねぇ、雲に乗って現われて、

「お前【まえ】さんは、その苺を食べるんじゃないよ。

決して食べてはいけないよ」て、こう言った。

そいぎぃ、

「承知しました。はい」ち言【ゅ】うて、素直に家【うち】に帰って、

その籠を差し出したら、

「あら。紫の苺のあったわね。紫の苺はあるね。

これもまあ、可愛くてきれいで美味しそう」て言うて、

その継子と継母さんと、

「美味しい。美味しい」ち言【ゆ】うて、食べたら、

その晩寝たらね、二人とも死んどった。

チャンチャン。

(出典 蒲原タツエ媼の語る 843話 P182)

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