嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーし。

西の方の長者に二人【ふたい】の娘さんがいたちゅうもんねぇ。

一【ひ】人【とり】は先妻の子じゃったてぇ。

そうして、

一【ひ】人【とい】の娘さんは後から、後妻の娘さんじゃったちゅうもんねぇ。

そいで、先妻の子の継子はもう、大変器量よしだったが、

後妻の子はそうでもなかったてぇ。

そいでも

娘達が年頃になっとっ時ゃ、東の長者の一人【ひとい】息子さんが、

「その継子の娘さんを嫁に貰いたかあ」ち言【ゅ】うて、

もう矢のごと尋ねて来おんしゃったて。

あいどん、後妻さんは自分の娘を貰うてもらいたかもんじゃい、

継子をこりゃ殺さんばあ、と思うて、悪者【わるもん】どんに相談して頼んで、

「山で殺してくんさーい」て、頼みんしゃったて。

そいぎぃ、悪者どんは

「その、あぎゃん、ひ弱か女【おなご】ん子ない殺すとは、わけんなかあ」

て言うて、山さい連れて行たいどん、心は優しいし、

何【なーん】も知らじぃ、我がどんが荒くれ男じゃいどん、

素直について来【く】っ娘さんば見ぃいよっぎぃ、

いち【接頭語的な用法】殺しもされんごたっ気もしてきたちゅうもんねぇ。

そうして、

その継子は、

「どうぞ、命だけをお助けください」て、

殺さるっことを知って、あの、頼むて。

「私は絶対、家【うち】には帰りません。

あなた方も私を殺したと言ってください。大丈夫ですから」と、

熱心に頼むもんじゃい、その悪者【わるもん】どんな、

その娘さんの両手をねぇ、おし切ってさ、持って行ったちゅう。

あいどん、

山ん中の野【の】葡萄【ぶどう】が生えとっても、取られん。

水を飲もうでしても、両手がなかけん

困ったあ、困ったあ。ほんにその娘さんな大困りじゃったてぇ。

そいぎねぇ、

ある日のことねぇ、

「東のその嫁さんに継子ば欲しかあ」て言んしゃったとん、

山さにゃ葡萄狩りに行きんしゃったて。

そいぎねぇ、手無しの女【おなご】の

山ん中にウロウロしおっとの、ひょろっと【急ニ】木の陰から見えたちゅう。

そいぎぃ、東の長者さんは、

「あらー、お前【まい】は西の長者の娘さんじゃなかねぇ。

死んだていう噂があっとったいどん、生きとったねぇ」て言うて。

「さあ、お出で、お出で」て言うて、もう抱【かか】ゆっごとして、

「息子もさぞ嬉しがっよう。あんたば好きやったもんなあ」ち言【ゅ】うて、

東の長者さんは、自分の家【うち】に手無しの娘さんを連れて行たて。

そいぎぃ、手の無かごとなったけん、どうしょうもなかあ、と思うて、

その娘は気のひけて、シクシク泣きながらついて来【き】んしゃったて。

あいどん、東の長者さんの息子さんな、

「手どま無しも良か、良か。夫婦になってから俺【おい】が手になる」

て言うて、もうほんに、

「良か、良か。お前【まい】しゃがその気になってくるっぎ良か」

ち言【ゅ】うて、盛大な祝儀になったてぇ。

そうして、一年ぐりゃあしたぎぃ、

玉のごたっ男の子が生まれたちゅうもんねぇ。

そうしてねぇ、一時【いっとき】したぎねぇ、

そのお嫁さんに来た継子のお嫁さんなねぇ、

「両手の無かと、私がこんなに手が無いから、お四国巡りをしたいです」て、

熱心に言い出しんしゃったて。

「そうして、お大師さんにお願を掛けてみっ」て。

「かねてもう、お大師さんに、いっちょでんあの、お願いばしおったいどん、

長いこと両手の無し拝みもできじおったけん、

私にこの生まれた赤ん坊を背負わせてください。

お四国巡り、ぜひ出してください」ち言【ゅ】うて、熱心に頼むもんじゃから、

あの、背負わせて仕方なし、皆で見送って、お四国巡いばさせんしゃったて。

そいぎねぇ、

その継子がズウッと赤ん坊ば背負って行きおったぎぃ、

背中でヒィーヒィー、ひもっしゃ泣くちゅうもん。

あったぎねぇ、

ある大きな木の茂った下の涼しか所【とけ】腰掛けて、

もう下ろして顔ないとん見よう、と思うて、

手は無か、困ったねぇ。

どうして下ろそうかあ、と思うて、おって、

こう紐ば緩【ゆる】めたら、赤ちゃんが、背中の赤ん坊が、ユラッて、

崖からかっかゆっ【落チル】

ごと気のしたて【その木の下にかけとっ所【とこ】の下が崖じゃったて】。

そいぎもう、

一心に恐ろっしゃあ、その赤ん坊ば抱き留めようとしたぎぃ、

不思議も不思議、両手がヒョロッて、生えてきたごとなって、

その赤ん坊を抱き留めたちゅうもんねぇ。

そこへまた、ほんに不思議も不思議、あぎゃん両手も無し、

背中に括【くく】りつけてやったいどん、

お乳【ちち】もやっこともできんじゃろうと、

夫はほんに嫁さんの身を案じてさい、後からかけつけて、つんのうて来よったて。

その夫に両手の生えたとば見せ夫婦はもう、しばらく泣いたて。

「こいも、ほんにお大師様に

こいから詣【みゃ】あろうというところじゃったとこれぇ。

お大師様の御利益じゃった。

こいからお大師様を信仰しょう」ち言【ゅ】うて、

一心にこの東の長者一家は、その後ズウッとお大師様を祠って、

信仰して幸せな暮らしじゃったてよ。

そいばあっきゃ。

[二〇八 手無し娘【AT七〇六】]

(出典 蒲原タツエ媼の語る 843話 P179)

標準語版 TOPへ