嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしむかしねぇ。

ある所に奥さんが可愛か女の子を生んで、

産後の肥立【ひだ】ちの悪うしてさ、早【はよ】う亡くなんしゃったてぇ。

そいぎぃ、

二番目のおっ母【か】しゃんの来んしゃったいどん、

そん人にはじき女の子が生まれたちゅうもんねぇ。

そいぎねぇ、二人は、おっ母さんが違【ちご】うとったいどん、

ほんに仲の良かったて。

そいぎぃ、

先のお母さんは妹を可愛がるし、

妹は、

「姉さん、姉さん」て言うて、仲良うしとったいどん、

継母さんになっぎぃ、我が子には良か着物ば着せて、

そうして初手んの子にはおろいか着物ば着せて、初手んの子には、

「さあ、焚【たき】物【もん】取いぎゃ行け。洗濯しぎゃあ行け」

ち言【ゅ】うて、こき【接頭語的な用法】使【つき】ゃあおいなったて。

ある日のことねぇ、

その継子が山で焚物ば取いよったぎね、

殿さんの若さんが四、五人の家来ば連れてね、

そうして、その山ばズウッと山歩きばしんさったて。

そうして、

継子ばヒョロッと見んさったぎぃ、おろいか着物ば着とったいどん、

ほんにきれいか顔立ちじゃっもんで、ビックイしてね、

もうその継子の側に来て話しかけんさったて。

そいで、何てないとん話ししたかもんじゃい、

「ここん辺【たい】生【お】えとっその木は何【なん】というかあ」て、

聞きんしゃったぎぃ、その継子がねぇ、

枝細く山に根づきておるけれど

時来【く】れば赤き花咲くつつじといふ

ち言【ゅ】うて、歌詠みしたちゅうもん。

そいぎぃ、その若さんはビックイしてねぇ、

あぎゃん【アンナニ】歌どん詠みえたにゃあ、

と思うて、おらしたいどん【オッタケレドモ】、

その女の子は恥ずかしそうにイソイソとして、薪を背負って帰って行ったて。

そいぎぃ、そん若さんのその女の子に会うてから先ゃもう、

何【なん】か恋の病いに憑【つ】かれたごと、

あの、顔立ちの目にちらつくでじゃっもん。

そいぎ家来に、その子の家ばソッと捜させんさったて。

そしてね、

「あの子を我が側【そび】ゃあ迎えたかあ」て、若さんの言んしゃったてぇ。

そいぎぃ、

その家来が山【やみ】ゃあ来とった継子の家【うち】行たて、

おっ母【か】さんに、

「あの、殿さんの、若さんの、『自分側に置きたか』て、

じきじきのお声かかいじゃっけん、あの、

何時【いつ】かまた来【き】んさっけんがあ」て言うて、

その家来が帰ったちゅうもんねぇ。

あったぎねぇ、

二番目のおっ母さんは、

「我が子ばねぇ、あの、差し出したかと、殿さんの所【とけ】行くとないばあ」

て言うて、

もう我が子に立派【じっぱ】か着物ば着せて、きれいか身なりばさせてね、

その若さんの来んしゃった時は、

「この娘に間違いございません」ち言【ゅ】うて、

「どうぞ」ち言【ゅ】うて、差し出しんさったぎぃ、

若さんの人目で見て、

「これは違【ちご】う」て。

「この家に、もう一人娘がいるに違いない」て、言んさったてじゃっもんねぇ。

「二人、娘の子がいるであろう」て、言んさったて。

そいぎぃ、

「いいえ。この子と、もう一人いるけど、

そんな殿さんにお目にかかる子じゃありません」て、言んしゃったぎぃ、

即座に殿さんな、

「皿とお盆とを持て」ち言【ゅ】うて、

皿の上に真っ白か塩ばパラパラと山盛りして、

それに松の枝ば庭から折って来て挿して、

「これを歌で詠んでみよ」て言んさったて。

そいぎぃ、

二番嬶さんの子はねぇ、あの、歌ば詠んだて。

「盆の上には皿があり、皿の上には塩一杯」て。

「塩の上に松の枝」て、ぎゃん【コンナニ】詠んだちゅう。

そいぎぃ、

「もう一人娘がいるその娘よ、汚い着物を着たままで歌を詠んでみよ」て言うて、

若さんな言んしゃったぎぃ、

盆皿や皿々山に雪降りて雪を根とりて育つ松かな

て、見事にサラサラと詠んだてじゃっもんねぇ。

「ああ、顔ば上げ」て、言んしゃったぎぃ、

もう、おろいか着物は着とったいどん、顔や目は澄んだようにして、

顔立ちの良か、あん時会うた娘じゃったて。

そいぎ若様は、

「この娘であった。この子をぜひ、お城へ」て言うて、

家来に言いつけて即座に駕籠に乗せて、お城さん連れて帰んさったて。

そいばあっきゃ。

[二〇六 皿々山【AT八七九】]

(出典 蒲原タツエ媼の語る 843話 P177)

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