嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしむかし。

もう、ほんに仲の良か夫婦のおらしたちゅう。

仲の良かったいどん、もう正直【しょうじ】っかも正直か、

もうちょっと正直で名取い者じゃったと。

そうして、セッセセッセと山へ働きに二人揃うて、

何時【いつ】ーでん行きおんしゃった。

あいどん、親父さんはねぇ、

山の日当いの良か所で一【ひと】働きすっぎぃ、

昼寝すっとが楽しみじゃったちゅうもん。

そいぎぃ、

「今日【きゅう】もねぇ、もう一働きしたもん。

一時【いっとき】一眠りしゅうかあ」て言うて、

もうじき長々と日当いの良か所【とけ】ぇ寝そべらしたてぇ。

そいぎぃ、嬶【かか】さんのねぇ

、あの、グウスカグウスカ鼾【いびき】まできゃあて、

口【くち】ゃハーンで開けて、

気持ちん良かごとお父【と】ったんの眠っとらすもんじゃい、

側にジィとしておらしたぎぃ、

何処【どっ】からじゃいトンボの飛うできたちゅうもん。

そうして、

ハーンて口ば開けとっその男の口に尻尾ばヒョロッと入れちゃあ、

また飛うでまたヒョロッ入れちゃあ飛ぶごとすんもんじゃい、

側【そび】ゃあ座って嬶さんなあ、

そのトンボば追いにかかっとらしたちゅう。

そうして、

尻尾ば差し入れちゃあ何処【どこ】さんじゃい行くちゅうもんねぇ。

また追っ払うぎぃ、また来っちゅう。

そいぎねぇ、そぎゃんことば四、五ん度といわんごとしたちゅう。

あったぎねぇ、眠っとった親父さんな、

「ああ、良か気持ちやったあ。

今日【きゅう】んごと良か気持ちはなかったあ、夢まで見た。

今が今まで夢ば見よったあ」て。

「今までに飲んだごともなかごたっ美味【うま】ーか酒ば、

ほんに飲みよったあ」て言うて、目ば覚ましんしゃったて。

そいぎぃ、嬶さんな、ワッハハハで笑うて、

「何【なん】ばお前【まい】さんなとぼけたこと言いおんねぇ」て。

「今、トンボの来て、

そうして、お前さんお口どまひん開けて寝とんもんじゃい、

そけぇ尻尾ば入るんもんじゃい、

もう追っぱらかすとに、かかいきっとったとに」て言うと、

そいぎぃ、

「冗談【どうたん】のごと、そぎゃんことのあったかい。

あいどん、私【わし】ゃない、お酒の美味【うま】か、

今まで飲んだごとなかごたっ酒ば飲みよったばーい」て、

その聟さんな言いなっちゅう。

そうして、

「空言【すらごと】ばっかい」て言うて、言うたら、

「いんにゃ、ほんなこと。

まあーだ口ん中【なき】ゃあ美味【うま】か酒の残っとっー。

ほら、この舌ん先ば見てみさい」ち言【ゅ】うて、

舌ばペローッて出すもんじゃい、

嬶さんの舌ん先ばキャーて見らしたちゅうもん。

あったぎねぇ、嬶さんなねぇ、

「トンボから小便ひっかかられよったろうだーい」て、言うたいどん、

ほんなこて舌ばこうキャーて見たぎぃ、酒の匂いのすっちゅうもん。

そいぎぃ、嬶さんもビックイして、

「あんない、余【あんま】い遠うか所【とっ】からじゃなし、

あの、トンボの来よったけん、

そのトンボのおっ所【とけ】ぇ行たてみゅうかあ」

ち言【ゆ】うことになって、二人【ふちゃい】連れねぇ、

畑ばもう隅から隅まで見たいどん、畑ん辺【にき】じゃなかったあ。

畑の下ん方さい細か道んあったあ。

そこ、谷になっとったてじゃんもん。

そうして、その谷ん所【とこ】ばトントン、トントンて、

下って行ったぎぃ、

暗【くら】ーかコンモリ木の茂った所【とっ】から

酒の匂いのしおったちゅう。

「ありゃあ、ほんなこてぇ」て。

あったぎねぇ、

そけぇトンボのねぇ、尻尾ばツケツケしおっちゅうもん。

そいぎぃ、こうして手で掬【す】くうて嘗【な】めんさいたぎねぇ、

ほんな酒やったて。

「あらっ、こかあ酒の湧きおっ」て言うて、

跳び上ったごと嬉しがってねぇ。

そいから畑仕事どませじぃ、早【はよ】う帰って

我が家【え】から、瓶てぇろ【トカ】の徳利てぇろて持って来て、

汲むんで行きんさいたちゅう。

そうしてねぇ、

「嬶、誰【だれ】ーも言うなよう。

ここば教【おそ】ゆっぎぃ、

誰【だい】でん汲みぎゃ来っけん言うなよう」て言うて、

二【ふ】人【たい】約束してね。

そうして、その酒ば汲んで来【き】ちゃあ、

隣【とない】近所の者に、

「今日【きゅう】から家【うち】ゃあ、

酒売いすっ」ち言【ゅ】うて、酒ば売いかかったぎぃ、

まあ、一合てぇろのう、五合てぇろのう、

買【き】ゃあぎゃ来【き】おらしたいどん、

遅うには一升でん買ゃあぎゃ来【く】っごとなって、

「恐ろしか、美味【うま】か酒のあすけはあっ」て言うて、

そいがもう、そこん辺【たい】中ひろがって、

恐ろしか酒長者さんにならしたちゅう。

「ほんにしょては貧乏でその日暮らしじゃったいどん、

今は何【なに】不自由なかごとなったあ。

この酒のお陰」ち言【ゆ】うて、

その夫婦者【もん】なねぇ。

「あったいどん、我が我がにはぎゃん酒蔵まででくっごとなっても、

子のおらんとはきつかなーあ。

子のいっちょ生まるっぎ良かいどん」て言うて、

来る日も来る日も、その二【ふ】人【たい】は、

「子供の欲しかあ。子供の欲しかあ」て、言いよらした。

そいぎぃ、酒買【き】ゃあぎゃ来た者【もん】に、

「家【うち】ゃ子のなかとがいっちゃんきつかあ」て、言いよったぎぃ、

「そんないば、観音さんに願立てんさーい。

そいぎぃ、隣も願立てから子の生まれたばーい」て言うて、

それば聞いて観音さんに早速願立っことにした。

そうして、三、七、二十一日の願ば立てたぎねぇ、

ほんなこておっ母【か】さんのお腹【なか】の大きゅうなって、

可愛いか女の子の生まれたてぇ。そいぎぃ、

「こりゃあ、宝。お宝、お宝」ち言【ゅ】うて、

その一【ひ】人【とい】娘を立派に育てんさいたちゅう。

そいぎぃ、年頃になったぎぃ、

もう観音さんの申し子じゃったとが、

もう観音さんのごと優しゅうきれいか良か娘になったてぇ。

あったぎ、また欲の出らしたてぇ。

「これ、これ、嬶【かか】あ。娘もできたいどん、

何【なに】不自由もなかいどん、

誰【だい】でん偉か者【もん】な位ば持っとっらしかいどん、

私【わし】ゃ何【なん】の位【くり】ゃあも持たんけん、

位の欲しかなあ」て、言んしゃったてぇ。

そいぎ嬶さんの、

「そんないば殿さんに酒どん沢山【よんにゅう】貢いで、

そうして位ば貰うぎぃ」て、言うたもんじゃい、

車に酒ば積んで殿さんの家【うち】に行かしたちゅう。

そうして、

「申し上げます。私【あたし】どもは酒売り長者でございますどん、

位ば世の中【なき】ゃあ誰【だい】でん

偉い者【もん】持っておらすけど、

我が我がどんは何【なーん】も位のなかけん、位をお授けください」

て、こう殿さんに申し出んさったてぇ。

そいぎぃ、

殿さんのねぇ、

「そうかあ、そうかあ。そいどん、位を授けるに当たっては、

お前【まえ】様達がいちーばんの宝【たから】物【もん】ば

私に出さんば位はやられん」て、ぎゃん言んさったてぇ。

「お前さん方のいちばんの宝は何【なん】かあ」ち、言んしゃったぎぃ、

「それはそれは、たった一【ひ】人【とい】の娘ん子が宝でございます」

て、こぎゃん言うたぎぃ、

「それならば、その娘の子を私【わし】に差し出せ」

て、こがん言んさったてやんもん。

そいぎぃ、この子のおっぎねぇ、ほんに安心さるっばってん、

殿さんに差い出すぎまた、もともこもなか、

私【わし】達【たち】二【ふ】人【ちゃい】にいちなーっ」

て。

あったいどん、嫁さんが言んしゃっには、

「あいどん、殿さんにこの我が娘ばやっぎぃ、

殿さんのお后になるない、こいよい越したことはなかあ。やろう」

ち言【ゆ】うて。

そいぎ二人、「そうだなあ」て、言うことで、

その娘は一【ひ】人【とい】、

たった一人の娘を殿さんに差し出しんさったてぇ。

そうして、いちばん下の位ば、何ていうとじゃい貰いんさいたちゅう。

誰もその位の名前も知らんと。

そいどん、二人の者【もん】なこいが位と聞いて喜んだちゅう。

あったいどんねぇ、

その娘を殿さんに差【さ】い出【じ】ゃあてから寂しか寂しか、

子のなかとよか寂しかとはなし、

とうとう二【ふ】人【ちゃい】どめ

一時【いっとき】に病気になってねぇ、ちい死なしたちゅう。

あったぎ、その谷に酒の湧きよった所のねぇ、

涸【か】れてそいから先ゃ酒も出んじゃったてばい。

そいぎこれはねぇ、近所ん者【もん】のねぇ、

この夫婦に岩間の酒長者て、名前ばつけたちゅう。

チャンチャン。

[一五九 だんぶり長者【cf.AT一六四五A五五一】【類話】]

(出典 蒲原タツエ媼の語る 843話 P113)

標準語版 TOPへ