嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしむかし。

殿さんの時代ねぇ、殿さんの奥方がおんさったいどん、

下女にほーんに心立ての良かー下女のおったとに、

殿さんの手がちぃひっついたて。

そいで、奥方さんには女の子が産まれて、

その下女のお腹からは男の子が産まれたと。

ところが、恐ろしかその下女の子供がその気の利いとっちゆうもんねぇ。

そいで、正月は何時【いつ】も初夢があって、

「どんな夢ば見たかあ」て言うぎぃ、その下女の子供が言うには、

「私【わし】ゃ、殿さんになった夢ば見たあ」

「そんなこと言【ゆ】うことなん。

お殿さんが聞こゆっぎどぎゃんすっね」って言【ゆ】うて、皆から、

「そんなこと言うな、言うな」て、口封じされとったけど、

「そいでも、ほんなごて夢じゃもん。

夢で私【わし】は殿さんになった夢を見たあ」て言う。

そいぎーみんなが、下女ももちろん、

「そんなこと言うたら、この辺【へん】におられん」

て言【ゅ】うて、心配するけど、

「いんにゃ、殿さんになったもん」て言【ゆ】う。

余【あんま】いそがん言うたら、

そいが殿様の耳に入【はい】ったとて。

そいぎねぇ、殿さんが、

「ほんにぃ私【わし】が、

そいぎ早【はよ】う死なんばらんたい」言うて。

そして、

「ぎゃん【コンナ】、だいそれたこと言うとは、城におくわけいかん」

と言うて、箱ば作ってねぇ、海に流しんしゃったて。

「お前はもう、ここん辺【たい】でおっぎ

ろくなこと【マトモナコト】言わん。

わけくちゃわからじ【訳ガワカラナイ】、殿さんになるっ」て。

「下女の子の殿さんになっ」て。

「奥方に男の子の産まるっぎぃ、その方こそ殿さんやっとこれぇ」て、

家来も言うは、

城中【じょうちゅう】ではわくごと非難轟々【ごうごう】じゃった。

そいぎぃ、その男ん子は箱作って流されたもんじゃい、

良かったあー、とて思っとったぎぃ、

そいぎねぇ、良か塩梅【んばい】に、

鬼ヶ島ちゅう所【とけ】ぇおっ。

【ちょっと、今で言うぎ鬼じゃなかったろうけど、

文化が進【すす】めんで土地の島の原始人じゃなかったでしょうか。】

もう、漁どまあ、どぎゃーんでも、沖までも泳ぎが上手。

そうして、頭の毛がムシャクシャ、

体にも毛が生えとっていうごたっ者【もん】ばっかいの島に

たどり着いて、

「お前【まり】ゃ、どうしてぎゃんとけぇ流されて来たかあ」

て言うて。

「私【わし】ゃ殿さんになっもん」

「殿さんになるもん、

ぎゃん所に箱ん中【なき】ゃあに入れて流れて来て」て言うて、

皆がわりゃくしゃ者【もん】【馬鹿扱イ者】にしよったけど、

その子がほんーに気の利いたことばかい言うもんだから、

そこの島の漁師にすっごとねぇ、

もう皆は知識がなかもんじゃ、その子は字も読みゆっ。

そいから剣術もちかっと【少シ】しわゆっ。

そいぎもう、崇【あが】めとったわけ。

そうした時に、どうした塩梅かねぇ。

それから十年も二十年も経った時に、

あの、とうとう本国のお殿さんには男の子が産まれんやったって。

そしたらね、ちょうどその頃に、島の島民達が、

「お前の言う、その殿さんのおる島に、

その本国に乗り込んで行たてみたいなあ」て言いよったもんだから、

その男の子は、向こう見ずの豪傑者【もん】じゃったので、

「そいじゃあ、私【わし】が連れて来っ。

大きな船を仕立てれ」ち言【ゅ】うて。大きな船を仕立てて、

そうして島の者【もん】いっぱい乗せて、

そして自分の生まれ育ったそこの島に帰って来たて。

そして、ちょうどやっぱいこんなのも得ていうものか、

運ていうものか、そこには、城にはお姫さん達ばっかい産まれて、

そうしてお殿さんは、今日【きゅう】か明日【あす】かも知れん、

命がなかごたっ大病じゃったて。

そん時、その逞【たくま】しくなった男が、帰って来たから、

殿さん自身から、その手を握って迎えて、

「私【わし】ゃあ、もうだめだ。

私【わし】の亡き後【あと】は君が継いで、

私【わし】の子孫を増やしてくれ」ち言【ゅ】うて。

その女中の子をとーうとう殿様になった、ていう。

まあ、そういうことです。チャンチャン。

[一五六 夢見小僧(AT725)類話]

(出典 蒲原タツエ媼の語る 843話 P111)

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