佐賀市成章町 宮地ニワさん(明39生)

 むかしむかし。

あるところにない、殿さんのご家老さんの娘じゃん。

ご家老さんの娘が、もう良か娘で十七じゃいなっさい。

そいぎあっちこつちから殿さんのうちから、お嫁さんに貰いぎゃ来なっばってん、

「いかん。いかん」ちて、もう行かじおっさい。

そしてある日、婆やと爺やと連れて花見に行たて、

まあ、りっぱか侍、若侍と殿さんと見初むっさい。

そいぎもう、その侍さんが十二時過ぎならんば来らっさんもん、遊(あす)びなた。

そいぎ、十二時過ぎ来なっ時分な、必ず髪形直して。

もうお茶どん沸かして待っとらすわけ、その娘が。

そうして部屋にはもう、誰(だれ)でん入れんなか、わが一人(ひとい)。

「誰でん来っごとなん」ち言うて。

そうして逢(お)うて一時(いっとき)ゃ遊(あす)うで行かすばんたあ。

そして、遊うで行きなっぎ後は大熱の出なっさい。

そいぎもう、お父(とっ)さんでん、その爺や婆やでんなた、世話してもう、

ほんに大抵病院に見せたいしなっばってん、病気はなかてっちゃん。

何(ない)の熱の出おっこっちゃいわからんて。

四十度から熱のあって、ウンウンうなされて。

そいばってん、夜(よ)さいなっぎキョロッとして、

その、鍵かけてお茶どんして待っとらすてっじゃんなたあ。

そうして、もう帰なっぎ熱の出なって。そいぎぃ、

「不思議なこと」ち言(ゅ)うてなた。そいぎもう、その、あるご主人のなたあ、

「神さんに参ってみんかい」ち言うて、教(おそ)えなったんたあ。

そいぎそのご家老さんのお父さんな、

「神さんてんなんてん」ち言うて、承知のなかもんなたあ。

そいばってん、大抵お医者さんも、あるところの良かお医者さんばっかい、

見せてすっばってん、病名もわからん。

もう熱のあってなた、夜さいになっぎ熱の冷めてキョロッとして、その、

その侍さんが帰らすぎ熱のあろうが。

もう来なっ時分に治(よう)なっとろうが。

そいぎもう、不思議なこっじゃいけんが、そいぎその、身延山ちいう今のあぎゃんとたんたあ。

「身延山の神さんに、その人になた、あぎゃんと、お尋ねしてみんか」と、言いなんもん。

そいぎもう、ほんにそのお父さんも大抵、あぎゃんとしないよらんやったばってん、

ほんにこう言う風ないば、お尋ねしてむっかあと思うてくさんたあ、行きなっ。

そいぎちょうどそこさい行きなっぎんと、

「身延山の山さい自分なその、祈願に行くところ」ち、

「ちょっとの間の用事でなた、そぎゃな間、自分があぎゃんと、このお札ばやっ」ち言うて、

「お札ばやっけんその男が来たならば、お札ば胸にぺタッとひっつけろて。

そしてなた、腹に白糸ば抜(ぬ)うてくさんたあ、着物(きもん)の裾(すそ)に縫いつけろ。

そしてその糸ば長(なご)う引っ張っとけ」ちなた、言いなったんたあ。

そいちてその、坊(ぼん)さんのもう、お父さんの謝ったっちゃお経さんも上げてくいなかてっちゃん。

そがん言うてくさんたあ、わが走いなったて。

そいぎお父さんもほんに不思議なこともあればあるもん。

こぎゃなこっで利くこと利くじゃいきゃんと思うて、半信半疑でなた、

お父さんの疑うといなってたんたあ。

そいばってんもう、してみゅうだあと思うて、その娘になた、

「ぎゃんしてこのお札ば、今度来たないば胸に貼れて。

そして針で白糸ついとっとで、着物の裾に縫いつけろ」て言いなんもん。

そいぎんと、親の言うこと聞かやこてと思うてくさんたあ、

そのお札は懐(つくら)の中(なき)ゃあ入れとったんたあ。

来なったらしてみゅうで思うて。

そいぎ来らしたばってん、その男がその、

ソイソイしていっちょん上さいいっちょん上がらっさんてっちゃん。

「うん。今日はこいで失礼すっけんが」て。

「ユックリ上がんさい」ち言うばってん、もう上がらっさんてちゃなた。

「あの、ちょっと良かやっかんたあ」ち言うばってん、上がらじ走ろうでさすてっちゃん。そいぎもう、

「ちょっと」て言うて、娘が良かごと言うてその、上げてなた貼ったて。

そいぎ貼っとんもんじゃいもう、その蛇が上がいきらんち。

そいぎそして、針(はい)ば引っ付けとっただろうだんたあ。

そいぎもう、ソコソコソコで跳び降りてちい帰っちてじゃん。

話でんソコソコせじくさんたあ。

そしてもう、誰(だい)でんもう、その、女中さんでんなたあ、爺やさんでんなた、

陰からどがんすっじゃろうかと見おらすてっちゃん。

そいぎ飛び降りて、もうカサカサカサカサでもう、姿みらじくさんたあ、

飛び降りたまま姿見えんてっちゃん。

そいでカサカサカサカサカサ音はすってっちゃんなたあ。

そいぎ音のすっとこさいしっきゃあ爺やさんでん、婆やさんでんつんのうて行かすたんたあ。

白糸ばつけとろうが、長(なーご)う。白糸は長(なご)う引っ張って行くもんじゃい、そい目当てに。

そいぎなた、奥山の方になた、岩穴の太かとのあってたんたあ。

そこに巻いて倒れて死んどったて、太か大蛇の。

大蛇が化けてその、娘ば遊(あす)いもんにしよった。

(出典 未発刊)

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