市武 (語り手・年齢不詳)

 仁王さんち言うて、日本でいちばん強かたい。

その代わり、唐に賀王さんちいう大力士がおったち。

そいぎぃ、賀王さんが、

「ほんにぃ、あの人に大力士に面会したかあ」ち。

仁王さんもずうっと、連絡したかち思うてやったち。

賀王さんも、そがん思うてやった。

そして、はるばる支那まで行たて、

賀王さんば尋ねて仁王さんが行きよったち。

そして、港に上がって賀王さん方ば尋ねて行きよったところが、

お母さんがおんさっち。

「こなたが、賀王さん方でござんしゅうかあ」

「なあーい。こなたが」

「おいござっじゃろうかあ」

「ありゃあ、ただいまは」

「何処(どこ)さいやろうかあ」ち。

「山さい焚物取いや」

「おう、焚物ば取いや行っとっとかい」ち。

そいぎぃ、お母さんの言いなっごちゃ、

「長(なご)うなし家(うち)にゃあ、帰らす。

もう、半道ばっかいすっぎぃ、足音の耳入っ」ち。

そいぎ仁王さんなあ、びっくいしんさったち。

半道すっぎぃ、足音の耳入っち。

そいぎぃ、おろたえさしたち。

こりゃ あ、いかんばい。

とても問題ならんばい。

今の大鵬どころじゃなかばい、ち思うて。

そいぎなたあ、お母さんが、

「仁王さん。あんたあ、はるばる来てくいたない、

いっちょう上がっとってくんさい。

しばらくすっぎ来らすけん」

「そいにゃあ、足なっとん洗うて来っかあ」ち。

そして、こうしてしよったぎぃ、石の盥(たらい)のあんなたあ。

どういうことやろうかち思うて、仁王さんがじぃっと行きなった。

ぐっすいとでんならん。

おりょう、年寄い嬶(かかぁ)さんの盥持ち、石の盥。

賀王なとても、どいがと太かこっちゃい、

どいしこあっこっちゃいわからんばい、

と思うて、おろたえかけなったち。

こりゃあ、俺(おい)うち殺さるっばい、と思うて。

そいぎい、

「そいばにゃあ」ち言うて、石の盥ば抱えたぎぃ、

ぐっすいとでんせんもんじゃい、おろたえかけなったち。

「ともかく、私は今日はまた、もう出直す」ち。

そがんしょっぎにゃあもう、ばってん、逃げ出しなったち。

そうして、港に来て、

「さあ、船頭さん。おうごと、おうごと。

何しても早う船を出(じ)ゃあてくいろう」

そういうふうじゃったち。そいじゃ、船ば出ゃあてなたあ、

ちょうど追い風に西風じゃたち。そうぎぃ、仁王さんが、

「さあ、出ゃあてくいろう」ち言うて、

ともづなを切って出そうとしたところが、

賀王さんがなたあ、走って来て、

「さあ、仁王さん。今来て失礼しました」ち言うて。

「いんにゃあ。また出直そう」ち言うて、

もう、船はずうっと、追い風の吹くもんじゃい、

賀王さんが太か錨ばなたあ、金鎖の付いとっとば、

ボーンと二百間もごと、放ってなたあ、

船の縁に引っかかったち。

そいぎい、仁王さんびっくいしなったち。

こりゃあ、ならんと思うて、船は帆を上げとんもんじゃい、

仁王さん出てくっちしよろうがなたあ。

そいぎぃ、賀王さんの鎖引かかっともんじゃい、

ぎっすいともならん、帰よったもんじゃいなたあ。

そいぎぃ、仁王さんがなたあ、そいから

どぎゃんしたらよかろうか、ち思うて。

そして、その座に、

「わが唐土の神々様、私が永遠に門番ばしますけん、

どうぞ、こんたびだけ助けてくんさい」ち、祈願しよらしたち。

そうしたぎい、祈願しよって頭下げたち。そしたぎぃ、

「ガター」ち、言うたち。

ひょっと上げて見たにゃあ、長さ六尺じゃい四尺じゃい、

キラキラしよったち。

こりゃあ櫓(ろ)のごたんにゃあち思うて、

錨の鎖ばガサガサ、プッー、と切れたち。

そいぎぃ、賀王さんな浜辺でひっくいぎゃあなったち。

船はビーュッと、出てきたち。

そこで、日本さい仁王さん今が今まで、

永遠的に門番しよいやっわけ。

(出典 三根の民話 P117)

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