唐津市馬渡島二松 牧山トモ(明12生)

 芝居でも見ましたと。

あれは信田の絵馬を描いてな、狐を出す、殺すありゃ、

右衛門という侍が、そうして狐がヤスナの田の仕事をしておくところに来て、

「助けてくれ。隠してくれ」て言うてその、そうして隠す。

隠しておれば、そりが人間になすとですたい。

そのヤスナさんは、葛の葉という女と、イナキの女のおります。

そうしたところに葛の葉にその狐になって、そこに暮らしておっ。

そうしたところが、子どもができて、それに阿部童子丸という名をつけて。

そうして嫁さんはもう、夜も昼も、

夜はヤスナ添い寝して昼はヤスナの機嫌とり

て、歌を聞いたことありますな。

そうして、暮らしておるうちに、昼寝(ひんね)をして、

その、童子を抱いて寝て、そん時、泣きますもんな、その子どもが。

ああ、私の母(かあ)ちゃんは、いるやうねよと、そん時現われて、

子どもから寝ざまを見られて、そしてその子どもは残して、

信田の森に帰って行きますもん。

そして、帰って行っとれば、童子はそこにはその、

葛の葉はいって来て、いっちょも他の人の見たっちゃかわらんばってんが、

「旅の小母さん、小母さん」て言うて、

「母が恋しい、乳が飲みたいみんなかれ」て。

そうして、ヤスナを連れてあすこまで行きますもんな、信田の森まで。

「連れて来てくれんか」て、その穴ん中におると、

「もうどうもこの子が泣いてて仕様(しよん)なかけん」て言うて、

「乳飲ませてくれろ」て、連れて行く。

そうすればやっぱい乳を飲ませて。

そうして、また連れて戻っておるばってん、また泣いていく。

二、三回は連れて行きましょ。

そうして、そん時もう、

「こうしてたまらん」て。

こうして子ども可哀想と思うて、そん時、こういう狐を見て、

「さあ来るか来んか、もう大きな口ば開けて、お父さん助けてください。

もう乳は飲みたい」と言わんて。

そうして連れて帰る。

どうしても、それから童子丸は五つの年六つの年か、

その、花見に行きますもんな、三月に。

その夫婦して、その童子がおらんごとせにゃ。

そうしたところが、まあ海の方行たて遊(あす)んで。

そうしたところが、何処から帰って良かかわからんごとなる。

そうして夫婦はその、童子を失って、もう幾ら尋ねてもおらん。

そうして、もう帰ってしもうた。

そうしたところが、その浜辺や遊んでおるうち、

子どもが一匹の亀をつかまえてその、なぐりもんにして、もう殺しかけて、

「おいおい、こら。お前(まい)たちはそれを殺すな。俺(おれ)売れ」。

「銭は持っているか」。

「銭は持たん。ばってん、この着物を脱いでやるから、

あの、質屋に持っていたて、そうしてお金を貰(もろ)うて。

あの、うばきりとれ」と言うた。

ところが質屋で言うたて。

ばってんがまた、質屋に着物を持って行たて、お母さんが、

その、金を貸すとを知ったもし、あすこに持って行けば金をやるから、

連れてお金ばとってわきゅうで」ち。

そいで裸で浜にウロウロしておれば、わがところがわからんな。

そのくらいだから、どうしても。

そうして、おったところが、その亀を離してやりますが、

「早う行け」と。

「お前(まい)、ここにおると殺さるっ。子どもから殺さるっけん、早う行け」

て言うて、海にやればその、こう行きおってまた帰って来て、

潮をプーッとひいて童子丸、お礼して、亀は帰って行く。

そうしたところが、間もなくその舟が来とって、

「おいおい、こら。あめるば村さに行く舟ではないか」と言うたら、

「おう、あめるば舟さい行く。早う来い」と言うて。

そうして舟に乗った、乗れば亀の背中。

そうして、まあ潮ん中、ズーッと潜って行たてみれば、

もう海ん中では大層の魚がおる。行たてみればその、

竜宮世界のタツノミヤコというところに連れて行くとな。

そうして、行たてみれば、その、タツノミヤコの檀那さんは、

もう立派に、もう家に、りっぱなところ。

そうしておって、そこに裸で自分は。檀那さまもお姫様も、

「この前は有難うございました」て言うて、その、頭下げて、

「何(なーん)の有難かことのあるか。俺(おり)ゃあ何(なーに)もしておらん」て。

「姫を助けてくれて有難う」て言うて、そのお父さんが、

「俺ゃあ、その姫の何(なーん)のちゅう者は助けた覚えはなか」て。

そうすれば亀が、今度(こんだ)あコソコソ出て来て、

「この前は有難うございました」て。

「うーん。この亀なら俺(おり)ゃあ助けたたい」て言うた。

そうして、そこにまあ、何(なん)じゃかんじゃい、

ご馳走を出され、芸をして、まあそこにおっ。

ところが、

「ここに、お前(まい)の来てから、今、

わずかなようにありまして、もう三年になるぞ」て。

「海岸ばお父さんが、余程(よっぽど)俺を失うて泣きおろう」と。

「そんなら返してくいろ」て。ところが、

「その、お前に何(なーん)もその、

お礼あぐっともなかばってんが、これをやる」て。

「あの、必ず、妻(つま)()のある人に、

この物事にやくな、自分に目から離すな」て言うてその、

玉手箱と三尺の虎の巻と戴いて。

そうして、亀の背中に背負(かる)われて行たて、

また砂浜に三年も眠っとらんもんじゃいけん、眠とうしてたまらない。

(なん)でその、わがところさ帰って行き道ゃわからず、

寝とれば烏がきて、

「どうしてどうして、早く起きないか」て。

「お前(まや)、ここはもう浜辺ぞ。

どうしてそのお父さんとお母さんは、

お前を尋ねて、もう、お母さんは亡くなった。

お父さんは病気になっとっけん、早う帰れ」て言うて、その、

そいけんが、玉手箱ば耳に当たれば烏はすぐに鶏の話もみんなわかります。

そいけんが、それを貰(もろ)うて。そして、

「そんならば、案内せろ。家(うち)まで」て言うて、

「おっち来い、こっち来い連れて」て言うて。

そして帰ってみれば家も潰れてしもうて、なっとって、

(なん)にもなかごとなっとって、もう、

水ば飲みたいて童子恋しいや水を飲みたいという声が聞こえた。

そうして何処(どっ)から言いよらすなあと思うて、行たてみれば、

床の下にボロワタに包まれて、お父さんが寝とって。

「童子恋しいや、水ば飲みたい」。

「お父さん」ち言うて、玉手箱を抱えて、虎の巻持って、

「お前は何処におったか」て言うて、

「今はこの寒さに、裸になって何処におったか」て言うて……(未完)

〔本格昔話〕

(出典 未発刊)

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