唐津市馬渡島二松 牧山トモさん(明12生)

 むかし。

お父さんがおったちゅう。

そうして、その人が大きな田を持っとって、

田に行たてみたところが田が、水がひやがってもう、

一時(いっとき)でも水がないで、田がかれたて。

ああ、この田になあ、水がいっぱい溜めてくるん者(もん)のおれば、

わが三人持っておる娘が、ひとりはくりゅうばってん。

ところが大きな蛇(くちなわ)が出て来て。そして、

「爺さん、本当か」て。

「そんなら、俺(おい)が溜めてやろう」て、言うてな。

そして上ん方から水口(みなぐち)行たて。

そうしたところが、その水ば、パアパア、パアパア、パアパア、

その、田の中いっぱいもう、満つるように溜まったい。

「さあ、溜まるは、溜まったばい」と、爺さんの胸のうちがですな。

そして、帰ってもう、布団かぶって寝てしもうた。そうして、

「お父さん。ご飯食べんな」と言っても、

「食べん」て。

「お茶飲まんな」て言うても、飲まん。もうそうして、

「ないして、そげんしとったな」て。

「今日は田の中に行たてみたところが、田がひやがっとって。

こげん誰(だれ)かその、水を入れとったろうが。

三人持っとる娘は一人ゃ、くりゅうばってん」ち、言うたち。ところが

「大きな蛇(くちなわ)が出て来て、そうして水は溜めてもろうたが、

お前は行ってくれはえんか」て、いちばん姉の方に問いました。

「嫌(いや)―ばい」て言うて、コックリぬげた。

また布団かぶって寝た。また半(なか)ば、

「お父さん。ご飯食べんな」ち。

「水は飲まんな」ち。

「いんにゃ、水も飲まん」ち。

「なーして、そがんしとっとな」て、言わした。

「田ん中に行ってみたところが、その、田ん中だけがひやがっとっ」て。

「そいけん、これ溜めてくれる者(もん)のおれば、

三人持っておる娘は一人ゃくりゅうばってん」ち言()うたところが、

大きな蛇(くちなわ)が出て来て、溜めてもろうたて。

「お前、行ってくれえんか」ち言()うて。

「嫌(いや)なこと、まあ。蛇(くちなわ)の嫁御」て、言うてから。

そして、今度(こんだぁ)いちばん妹さんが、

「お父さん。具合悪かなあ」ち。

「うん。具合が悪か」ち。

「ひもじゅうはなかな。ご飯食べんな」ち。

「自分な食べん」ち。

「どぎゃん具合な。どうしてそげんしとるな」ち。

「まあその、田の中に行ってみれば、田がひゃがっておっ」て。

「これ、ひゃがれば、口ゃあもう、ひゃがるてな。ご飯食ぶるごとなん。

そいけん水を溜めてくるる者(もん)のおれば、

三人持っておる娘ば一人ゃあくりゅうばってん」て、言うたて。

ところが、その大きな蛇(くちなわ)が来て、溜めてもろうた」て。

「そのお前が行ってくれんか。お前が行たてれば、

『はいはい』何も親に孝行」て。「行きましょう」て、その娘が言うたてな。

そうしたところが、何月何日の何時ごろ来っていう約束でやって来た。

もう立派な男てな。

立派な男そうですもん。

そうして、その娘は連れて行く。

行たて何(なん)やら、どうしておろうかて思うてまた、そのお父さんは心配。

そうして、まあ行てみた。

ところが、もうりっぱにして睦ましくその、フックラして、

「今夜泊まって行かんな」て、言うてから、聟さんも良う言うて。

そうして泊まって、どうするじゃろうかと思うて。

ところがその、夜中にすいついて、その血を吸うな。

もう血を吸うて。

そうして、その娘はもう痩せておるて、大分(だいぶん)

そうして、そのまま明()()は、ご飯も食べんぼ。

お茶も飲まんして、まだわが家(討ち)帰って寝()る。

そうしたところが、お父さんは死にそうになった。

そうしてその、山の娘のところに、

「お父さんは、死ぬ気じゃろう」ち、言うところが、

夫婦連れでまた下(くだ)って来た。そうして、

「どうしようか、こうしようか」ち言()うてその、

ひとつも治る見込みがなかった。

ところが、父さんがその、蛙(びき)て言いますね、

それをその、蛙(くちなわ)が呑みおったところを助けておったな。

そうしたところが、向こうの方をこう、階段の方を眺めておったところが、

お医者らしい者(もん)がカバンを下げてね、

「モシモシ。こりゃお医者さんじゃありませんか。

ちょっと寄ってみてくれくださらんか」ち言()うたら、

喜うでお医者さんは入って来たちな。そして来てみて。ところが、

「見治る見込みがありますか」ち言()えば、

「見込みがある」て。

「千両が滝というところの滝の空、大きい松の木が生()えておる」て。

そして、

「その松の木の空に鷲が巣をかけとる。その鷲の卵を取って来て飲ますれば治る」

て、言いました。

「まあ、それは、そしてまあ、何(なん)しゅうが。

誰が、その卵を取りに行く人がおるじゃろうか」て言うたら、

「ここの聟さんが取りに行く」て、な。

言うたところが、その蛇(くちなが)の聟さんが、サッサとまあ、

その、谷の下(もと)まで、そうして行たて、陰から見とってな、人は。

そうしたところが、大きな蛇(くちなわ)になってその、木をドンドン登って、

今その、鷲の巣ば取ろうで手をかけたところに、鷲が飛んできて、頭を蹴って。

そうしたところが、その蛇(くちなわ)が谷底にプシーッと落ちて、

もう頭を蹴られもんじゃけんが、死んでしもうた。

そうして、

「さあ、蛇は死んだ」と、言うたところが、

お父さんがコックリ病気が治って起きたと。

そう言う風にして、その、蛇(くちなわ)でも、

ドンクでも何(なん)でもその、恩を返すて言うことが。

まあ、そればっかり。

(出典 未発刊)

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