肥前町京泊 久保常吉さん(明20生)

  お寺の坊(ぼん)さんは、今は坊守様と言う嬶持っちょらすなあ。

けれども昔は、お寺の坊(ぼん)さんは、嬶を持たすことはでけん。

そいがあん、嬶を持ったり、魚を食うたりする坊主は生臭(なまくさ)坊主。

そいで本当の和尚様は嬶を持たっさん。

そいけん幾ら坊主だったちゃ、人間じゃから寂(さむ)しか。

ところが、三軒先隣に豆腐屋の大将が死んでおって、後家さんができた。

後家さんはおカメて言う。

そうしたところが、後家さんと坊さんと遠くて近いは男女の道、近づかした。

そいで豆腐屋のことじゃから、大豆豆をひきわにゃ。

そいが、お寺のひき臼が良うひくるけん、お寺のひき臼を借りや年中行きよっ。

そうすると、

「小僧。馬引きや行たち来―い」て馬引きややらす。そうしたところが、

「年中豆腐屋の嬶の来たりゃ、何(なん)しぎゃかいしぎゃや」て言う。

そうしたところが、こいが馬は木戸ん方につないで。そうして見ちょったとこが、

「和尚さん、あなた前足加勢(かせ)しゃれんなあ」

「うん。前足加勢(かせ)しゅうじゃあ」

そうしたところが、ひき臼ば豆腐屋の嬶が股くりゃあはひっぱたげて回しよっけん。

そうしたら和尚様のおって、

「そうりゃあ、わりゃあ、前ん方はひっと出ゃあて、そけちょぼっとした物(もん)のある。

そりゃ、何(なん)なあ」

「和尚さんの言わっしゃるとおり、こりゃ臍くり峠でござります」

「『臍くり峠』ていうもんのあるとね。その下ん方に黒か物(もん)のあるとは、ありゃ何か」

「和尚様の言わっしゃることね。こりゃ千本松原でございます」と言って返(かや)すて。

「へぇ。『千本松原』てある。そん下ん方は何(なに)なあ」

「和尚様、良う知っとっしゃることに、ジュクジュク谷でございます。

あなた、私ばっかい言わっしゃるとん、あなたん、そけぇ前ん方にプラーッとして、

やんやんしよるとは、そりゃ何でござりますか」

「こりゃ、とうろく禅門の傘被って立っちょるとこじゃあ」て言わしたて。

「そん下ん方に下がっちょるのは何でございますか」て。

「うん、こりや。こりゃとうろく禅門の物貰(もろ)い、袋下げちょっ」

そうしたら、

「とうろく禅門が、ジュクジュク谷飛ばし込うだあ。

上がってみいたり、下がってみいたりしってんばってん」

そうしたら小僧が、

「和尚さんのー正月できました」と、叫(おら)ばした。そいぎぃ、

「何(なん)するか」て言わしたら、

「どうこうもやな、馬のひょっと歩(あり)いてなあ。

どうんこん引き留めきらじぃ、飛びとびゃ。

そうして何処さい行くかと思うて見ちょったら、臍ぐり峠さん、

そうして俺(おい)が追うち行たち掴みゅうで思うちょったら、千本松原さい駆け込うで。

とうとうジュクジュク谷飛ばこむ。

近う上がろうてする。

また上がろうてする。

七転(しってん)八倒(ばってん)しよるばい。

臍くり峠さん。

そうして俺が行たち掴まゆうで思うちょったら、千本松原さい駆け込んで。

「そがんこと誰(だが)が言うたかーあ」

「あーい。とうろく禅門の傘被って、袋下げた奴か言うち聞かせたもん」ち。

そいでもう、坊主はそん時ゃあ知恵ものうして、そうして股に移って、

「小僧。酒取いや行たち来い」

「はい」

「酒はね、通いで取るごとしちょるけん、これで通いば持って行たちつけこうでもらうと、

銭は今、後でいっちしょに払うごとなっけん。

そいけん、こん通いば持って行たち、これつけ込うでもらうち来い」て。

「はい」て言うち、また小僧ば酒取りやらして、

「そんなことじゃろくなことせん」ち、よーうら見ちょったところが、

またジュクジュク谷が飛ばし込うだち言うもん。

「どぎゃんふにあんなあ」て言わしたら、

「はい。どうしてめかやそうごたあ」て、こうおかみさんが言うたち。

「『めかよそうごとあっ』ち、あなたば死のうごとあっち」

そうしたら小僧が、

「和尚さんも、もし。和尚さんも、もし」ち、やって来たち。

「われ、行かんだったか」

「はい、行たま。行たいどん、酒屋の嬶が文句ばかい言うて、酒ばやらんじゃったばい」

「なし、通い帳につけてもらうと良かちょるともう」

「つけてくれんもん。銭(ぜに)ゃ後から払わすちゅうばってん、酒屋の嬶やん理屈ばっかい言う。

『めかやめかやす、和尚様は死なす。あとの酒代(さかじょ)は誰(だが)が払うか』て言うて、

お前、貸さんもん」て、言うたもんじゃから、和尚はどうしようもなし、こりゃ、

でけんじゃったねぇと思うち、そん時もないしとったら、小僧が考えごとしとったら、

「こりゃ、年から通しぎゃんしとっとよ。俺(おり)がいっちょ、

今度あわんりさせてくりゅう」 そいから、

「小僧。豆腐屋行たて、豆腐ば四、五ちょう買(こ)うて来い」

「はい」ち、買(き)ゃあぎゃ行た。そして買ゃあぎゃ行た豆腐屋ん嬶、

「小母(おば)しゃん、小母しゃん。何(なん)、すんなあ。俺(おい)がなあ、

黙―って廊下でで聞いちょったら、和尚様がひとりごと言いよらしたとの」

「何(なん)て言いよらしたね」

「豆腐屋の嬶は面(つら)色は良かばってん、あいがトベラでなかなら良かいどん、

あいがトベラの臭かとにゃ、俺(おり)ゃあ愛想つかすよ。一人(ひとい)ごと言いよらしたばい」

「えぇ、ほんなことやあ。そぎゃん言わしたねぇ」

「俺(おい)もそぎゃん年中思うちょらすとだろうだい」

「えぇ、そぎゃん言わしたとてぇ」て、真面目に聞いちょらしたて。そしたら今度(こんだ)あ、家さい来たら、

「えじぃ、暇のいったねぇ。豆腐のでけちょらんじゃったねぇ」

「あーい。でけちょったばってん、お前、豆腐屋の嬶、俺ば掴まえてなあ、

お前のことばっかい大抵言わしたばい」

「何(なん)て言うたなあ」

「和尚様、良かこと良かばってんが、和尚様の鼻ん獅子鼻で格好の悪かてにゃあもう、

愛想のつかそうごたるばい」

「えぇ、そがん言うたねぇ。俺(おい)も、お前(まい)のことば、あぎゃん言わすけん、

腹ん立ったばってん、仕様んなかたいなあ」

そうしたら今度、葬式に行かんなん。今日は豆腐屋の前ば通って行くとじゃっけん、

良か衣ば着て行かんこてと思うて、良か衣どん着て、寒かったあいなかにや

雪のポロンポロン降って寒かったちゅうけん、そこん前ば通る時、そん、

『俺(おり)が鼻の低っか』て言うたちゅうけん、ちぃった恥ずかしい気持ちで衣ん袖ば、

寒うはあるし、鼻ん先こう、ひっ被せて通りよらしたて。

そうしたら豆腐屋の嬶がちょろっと見て、

「あっ。小僧があぎゃん言うたて。俺(おり)がトベラじゃるけん、あがん言うた」て。

そんけん、臭いのせんごてと思うて、衣ん袖で鼻ば隠(かき)いち、こん畜生て言う。

ひき臼回しを持って走り出て来て、

「幾ら俺(おい)がトベラちゃっちゃ、そこまで臭いはすんみゃあだーあ」ち言うち、

坊主の頭(あたみ)ゃあゴツーンとくらすっ。

そいからわんぎさしたちゅうけん、小僧がまあ、逃れをしたていう、これは頓知話。

(出典 未発刊)

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