伊万里市波多津町板木 前田敏治さん(明39生)
こりゃあ、狐を捕えて五十両じゃんもんな。
佐志の裏境にその、昔から古狐の出って。
どうも、そん狐がその、何時も婆さんに化けて来っ。
そして人を騙してたい、美味しか物を盗ったいして、
人をその、困らせよったち。そいけん、
「何とかして、その狐ば、捕らゆる方法はなかかい」ち、
いろいろ村ん人たちの協議しよらしたて。
そして協議の末、その佐志坂の古狐を捕らえた者にゃあ、
金を五十両賞金としてやる、と言う立て札ば出さしたわけ。
そいけん、この話ば聞いち勘右衛門どんが、
その五十両に、五十両の金ん欲しゃ、狐ば捕らゆる工夫ばしおらしたて。
そして、ある晩その、
勘右衛門は馬ば引っ張って、佐志坂を通りさらしたて。
通らしたところが、その、道の両側はもう、大きな木で木の生え繁って
その、昼でん暗かったて。
ようようしてその、その勘右衛門どんは声を張り上げて、
都都逸どん歌ゃあながら、その坂を下りよったて。
もう古狐の奴が出て来て良かいそうなもんなあとか考えて。
そしてお餅屋やんところが、ズーッと後ろん方さい人ん足音が聞こえてきた。
そして、いよいよ来たぞう、こりゃあて思いながら、
知らん顔して歩いちょらした。
ところがその、そん婆さんが、
「もしもし、その、馬方さん」て、婆さんの声で呼びかけたて。そいけん、
「何けぇ、婆さんじゃなかなあ。
今頃、何処ぇ行きよっときゃあ」て言うた。そしたら、
「唐津の城下まで行きおっとたい」て。
「そりじゃあ、連れのうて行こうかあ」て。
そして勘右衛門と婆さんと世間話どんしながら坂ばズーッと下りよんさっ。
その坂が、なかなかその、急か坂でもう、
道が悪うして大抵下りにくかったて。そこで勘右衛門がその、
「婆しゃん、きつからろうだい。こん馬に乗らんかい」ち。そしたら、
「おおきに」ち言うち、遠慮しおらした。
そっとこりゃあ、山ん道は慣れとるけんて、遠慮しおらしたと。
「いんにゃ。一銭もいらんとばい。遠慮せんでよかー」
ち言うち、勘右衛門がその、とうとうその婆さんば馬に乗せたて。
そして、
「こりゃあ、道ん悪かけん、お前うっちゃえちゃでけんけん」
ち言うち、その、婆さんば鞍に括いつけたち。
そいけん、動かれんごと括いつけたち。そいけん、狐がその、
「綱ばちっとゆるめてくれんかい」て言うたとか。
そして婆さんはその、馬方とも、
「チイッと、この綱ばゆるめてくれんかい」て言うたて。
「もうじき坂ば下ってしまうけん、もちょっとじゃいけん辛抱せんかい」
て言うて、勘右衛門が言うち、言うたて。
そして坂を下って、狐の婆さんがまた、
「馬方どん早う綱ばといてくれんけ」て言うた。
「もう、もうそこやっけん、とずくけんま一時辛抱せんかい」
て言うち、婆さんは婆さんの綱ばとかんじゃったて。
そして、そうこうしよらしたら、佐志の庄屋さんの家までとじいたと。
そして馬ば引っ張って来て、
「庄屋さん、さる坂の狐ば捕らえてきたばい」て言うたて。
そすっと勘右衛門が、そがん言うたもんじゃいけん、
狐はビックイして逃ぎゅうでしたばってんが、
シッカリむすばれちょんもんじゃっけん、逃げられんじゃったて。
そいで村の人たちは、勘右衛門が狐ばおらいしたて聞いたけんて、
幾らでんその、見物しゅうで見ぎゃ来たて。
ところが、その庄屋が庭先来たりゃあ、
「狐は何処ぇおる」て、こう言うたて。
そいば勘右衛門どんな、そん、周りくっつけとって。
そして勘右衛門どんな、
「何ば言うとっ。ありゃあ、木の根たい。木の根じゃなかねぇ」て。
そうすっと勘右衛門は、
「何を言うとっ。何を思うとんね」て、馬ん上ば見てみらしたところが、
ほんこて木の根じゃったて。
木の根が頑張っていたわけじゃいけん、咄嗟にその、
咄嗟の間に狐はこりゃあ木の根に化けとっとばい。
いんにゃあ、こりゃあ狐ばい。婆しゃんに化けた狐が、
今度あ木の根になっちょっとたい。で、勘右衛門はその、そぎゃん弁解して、
「そん時ゃあ、俺が正体ば出してやろうだい。木の根ば折れ」ち、
「狐の化けちょっとば、入れてやろうだい」て言う。
そうしてその、庄屋さんのごたっ囲炉裏さい持って行たて、木の根ばくべた。
ところが、やっぱいその、木の根に化けちょるもんじゃいけん、
火の中ゃあ投げ込まれたもんじゃいけん、熱うなって狐がとば出ゃあたて。
そいけんそり前ぇ、その庄屋さんに、
「その家ば戸締りまですっぱしてしまわんかい」て言うち。
戸締りさせて、そして火の中ゃあくべたしたて。
ところが狐はその、温かもんじゃいけん正体ばその、
囲炉裏の中から跳び出て、その、みんな戸締りして
しもううちょんもんじゃけん、逃げ先がなかて。
そいけん、その家ん中ばバッタンバッタン走り周って
歩きよったちゅうどん、ちょっと仏壇の扉が開あちょったち。
そいぎその仏壇さい狐の跳び上がっとば、勘右衛門が見ちょったて。
ところがその、跳び上がっとば見ちょったもんじゃいけん、
勘右衛門どんがその、仏壇あたい行たてみた。
そうしたところが、その仏壇に行たところが狐はおらんて。
そいけんこりゃあ、おかしかにゃあと思うて、
見てみわらしたところが、その、そけぇ石碑の位牌の三つ並うどった、
いっちょん違わんとの三つ。
そいけん、こりゃあおかしかねぇと思うとった。
「庄屋さんは庄屋さん。
あんたん方には仏様、こりゃあ石碑は幾らあっとかい」
て、尋ねらしたて。そうしたら、
「家にゃ二つばい」て。
そしたら勘右衛門が、こりゃ三つあるけん、
いよいよこりゃいっちょは狐ばいと思うて。
そうしたところがその、どりが狐じゃいろう、
目わけがつかんて、三つあるもんじゃいけん。
そいけんどうろこうろしよったことなら、
傷つきゅうごたって、どぎゃんしてこらあしたら良かろうかと思うて、
勘右衛門どんが考えたはず。
ところが、勘右衛門どんな仏壇の前行たち座って、
そしてみんな勘右衛門どんがどがんすっじゃろうかと思うて見とらした。
そうしたところが、勘右衛門は仏様にその、
「勘右衛門はその、仏様ゃあ俺がこぎゃんして拝むけん、
ほんな仏様なら、俺が拝むというと頭ば下げらす」て。
「そいけん頭ば下げん奴あ狐に間違いなか」て、こう言わしたわけ。
そいいば狐が聞いとったわけ。
そいで勘右衛門がその、頭ば下げち、お礼ばさせたところが、
そん位牌のいっちょが頭さげてお礼した。
そいけん勘右衛門が、
「えい。これ間違いなか」ち言うて、そればひっ捕まえち、
そして縛って、そして庄屋さんに渡ゃあち、
そして庄屋さんから五十両貰うて、勘右衛門方さい帰らしたて。
そいばっかい【それでおしまい】。
(出典 未発刊)
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