嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)
むかーしむかし。
今のように、自動車もなければ、汽車もなかった時代で、もう江戸まで行くてちゃ、テクテク歩く旅ばっかいじゃったちゅうもんねぇ。
そいぎぃ、昔のお侍さんが、ズーッと一人旅を続けておんしゃったぎぃ、ある農家に、
「もう日も暮れたけん、今晩一晩泊めてください」ち言(ゅ)うて、お宿を乞いんさったぎぃ、お爺さんとお婆さんとおって、
「家(うち)んごと、貧乏によかったら何(なん)のおもてなしもできませんが、どうぞ」ち言(ゅ)うて、心良(ゆ)う泊めてくんさったて。そいぎぃ、
「お世話になります」ち言(ゅ)うて、泊まっとんしゃったぎぃ、夜(よ)さい遅(おす)うに、ゴソコソゴソって、話し声の聞こゆっちゅうもんねぇ。そいぎぃ、ジーッと聞きおんしゃったぎぃ、
「明日(あした)の朝は、半殺しにしゅうかあ、お手打ちにしゅうかあ、何(なん)が良かろうかのまい」て言うて、話しおんさったちゅう。
そいぎぃねぇ、ほんなこて半殺しにすっとじゃろうかにゃあ。俺(おい)ばいち殺すとやろうかにゃあ、て侍さんは思って、
「いんにゃあ。朝は、お手打ちがましやなかろうかあ」て、お爺さんが言いおんしゃったて。
そいぎぃもう、隣の部屋に寝とったお侍さんな、こりゃ、殺されちゃ大変と思うて、ソーッと旅仕度ばして、もう夜の明けんうち、ここば逃げ出さんばあ、と思うて、見よったところが、もう戸口ばソーッと開けたぎぃ、そこの所にお爺さんなツーンと立って、顔洗いよんさったて。そして、
「あら、もうお立ちですか。実は、家(うち)のお婆さんが自慢の手打ち蕎麦(そば)ないとん、朝はご馳走しゃうで思うとったとけ。いっちょ食べていたてくんさい」て、お爺さんが言んしゃったて。そいぎぃ、ああ、その手打ちじゃったとかと判断して、赤面して、
「そうですか。そいぎぃ、お呼ばれしましようか」て、自分が余(あんま)りその、うろたえていたことを恥じて、お世話になって帰んさったそうです。
余(あんま)い早合点して、もうお侍さんは、うち殺さるっばいてと早合点しんさったわけですよねぇ。でも、お爺さんに会われて事情がわかって良かった。
そいばあっきゃです。
〔四一五 本殺し半殺し(cf.AT一六九八)〕
〔四二〇 嘉兵衛鍬(cf.AT一二一一)(類話)〕
(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P363)