嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしむかしねぇ。

お父さんとお母さんと息子さんと田舎にとても平和に暮らしおったて。あったぎねぇ、おっ母(か)さんが風邪がもとでさ、死んでしもうたて。そいぎぃ、お父さんも大変もう、泣き悲しんでねぇ、おっ母さん、ほんにおらんごといちなったねぇ、て余(あーんま)りションボリしとっ。とうとうお父さんまで病人になってしもうたて。

あったいどん、この息子は一生懸命ねぇ、お父さんの好きな物(もの)を作って食べさせ、お薬も煎じて飲ませ、もうとても親孝行じゃったて。そいでも、だんだんだんお父さんの病気が長びいて、もう一年も越すごとなって、家はだんだん貧乏になって、お金もない物もない、困ったなあ、と思うて、表(おもて)に立って日暮れ時、泣きおったて。あったぎねぇ、髭(ひげ)の真っ白かとの生えたお爺さんの通りかかってね、

「これ、これ、坊や」て。「そんなに泣くんじゃない」て。「お前は本当に親孝行で関心な子だっ」て。「私(あたし)がいつも見ているよ」て。「お父さんに、治(よ)くなるように、もうしばらく看病せよう」て、言うてね、一足の下駄を、おろいか(ヨリ劣ル)下駄を出して、

「この下駄をねぇ、お前(まい)に上げよう」て。「この下駄ば履いてばい、クルーって転びなさい。クルって上手に転びなさい。そいぎねぇ、小判のいっちょずつ出てくっ。そいでまた、お父さんの好きな物でん買ってきて食べさせなさい。だけどねぇ、余(あんまい)い欲出してねぇ、何遍でん転ぶと二遍目からは、お前(まい)が小さくなるよ。そいで欲出したらいかんよ」て、言うてねぇ、聞かせんさった。

そして、お爺さんは何処の者ても言わじぃ、おらんごとなんさったあ。そいぎぃ、良か物(もん)ば貰うたよう、と思うて、お爺さんの過ぎて来んさった後ば見守って、表(おもて)にその下駄を履いて、大きな下駄やった。子供には大きな下駄やった。その下駄でコロっと転んだぎぃ、ほんなこてチャリンて、小判が出てきたて。ああー、良かったあ、と思うて、早速、お父さんの好きな物(もの)を買いに行って、そしてお父さんに食べさせたら、

「美味(おい)しい、美味しい」ち言(ゅ)うて、お父さんが、「これで元気が出るようだあ」て、言んさったて。

そういうこともあったから、お金がなくなると下駄履いて、その息子転びおったちゅう。あったぎねぇ、西隣に権三(ごんぞう)ていう、あの、意地の悪いおんちゃんの、そうして、いっちょん困った顔はせん息子の家(うち)ば見て、なし、もうにゃ手を上げて家(うち)、泣きちいて来(き)そうなもんないどん、いっちょん困っとらん、なしじゃろうかにゃあ、と思うて、見おった。表(おもて)の道に出て、コロンて下駄履(ひ)ゃあて転ぶ。下駄の歯の間から小判の出てきおったあて。そいばその、権三というとが見てねぇ、そうして、ありゃあー、あいで銭(ぜん)儲けしおっけん、世話なかったばーい、と思うて、ああー、あの下駄ば借らんばあにゃあ。俺(おい)もあいで銭儲けしゅう、思うとんもんじゃけん、

「ごめんよう」ち言(ゅ)うて、ある晩来て、

「あのー、お前(まい)さんな、あの下駄で転ぶたんびに、お金が出おんねぇ」て。

「はい。これは不思議な下駄です」て言うたぎぃ、

「いっちょ、私(わし)にも一時(いっとき)そいば貸ゃあてくれんやあ」ち。

そいぎぃ、その子はほんに心の良か子じゃったもんじゃい、

「はい、結構です。どうぞ」て言うて、快く貸(き)ゃあてくいたて。

そいぎねぇ、こりゃあ良か物(もん)ば貸ゃあたあ。人に見らるっぎ大事(ううごと)と思うて、周りばズーッと閉めやあーて、我が家(え)の土間でコロッコロ、コロッコロ転うで、「銭(ぜん)出ろ。銭出ろ」ち言(ゅ)うて、転んだ。

そいぎぃ、一遍目チャリンて出(ず)っ。二遍目もお金の出(で)ん。転びようの悪かったかなあ、と思うて、「まあ一遍出ぇ。まあ一遍出ぇ」て、十遍ばっかい転うだところで、自分も小(こも)うなったこと気づかんで、自分も見えんもんだから。周りは見ゆっけど。そいぎぃ、また十遍ばっかい転んだぎぃ、またチャリンて出(ず)って。ああ、出(で)たなあと思うて、喜んでねぇ、ああ、今日は草臥れたあ、と思うて、その日は寝て、またあくる日も、戸を開けんで、またカラっと転んだら、また金が出たちゅう。そうやって、毎日一遍ずつはチャリンチャリン出た。

ところが、そのおんちゃんがねぇ、権三ちゅうおんちゃんが、しまいには虫んごと小(こも)うなったて。そいぎぃ、十日も二十日も一月も経っても、一向に下駄返しに西隣のおんちゃんの来(こ)んもんじゃいけん、その坊やは、もう家(うち)のお金がとうとう少しお金もあってが良かごといちなったあ、と思うて、その戸が閉まっとった家(うち)ん戸ばトントンと叩いて、

「ごめんなさーい。ごめんようー」て言うても、何(なん)も音んせん。あらーっと思って、戸をソローッと開けぎぃ、そこに四、五、六枚、こう太か金貨の散らばっとっあいなかに、モヤアーモヤ動いとる虫のおったて。誰(だーい)もそこの家(うち)おらんてじゃんもんねぇ。不思議かねぇ、虫の一匹おんねぇ、と思うて、その虫をヒャッと取って手につまんで載せて、こうして見たら、その西隣のおんちゃんの顔ソックリの顔ば。その虫に似とったち、こがね虫じゃった。

チャンチャン。

〔四一三 打出の小槌(AT七五〇A)(類話)〕
(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P363)

標準語版 TOPへ