嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 今度は賢い商人。

むかーしむかし。

歩いてばっかい旅しおったて。二人の若(わっ)か者(もん)がさ、

もうお昼になったもんじゃい、良か塩梅(んべい)宿のあったけん、

宿屋に泊まったちゅう。

そいぎお腹が空いとったけん、卵作いよったけん、

「茹(ゆ)で卵をくださーい」て、言うたぎぃ、宿屋の主人が、

「はい」ち言うて。

「ちょうど、一ダースいっ」ち。

「おう。一ダースもいで卵ば持って来てくいたねぇ」て言うて、

お塩どんつけて卵ば食べたぎぃ、一ダースの卵の美味(おい)しか美味しか、

もうその人が一ダース、半分夜食べて、明日半分な食びゅうと思うて、

朝出かくっ前に、あとの六個もいで卵を美味しく食べた。

今日(きゅう)も美味しか、あそこが白味は美味しか。

美味しゅう食べたそうです。

そいぎねぇ、帰さみゃあ、

「あの、茹で卵の代金を取ってくださーい」て、

宿屋の主人に言うた。

「ああ、代金ですか。代金は後でいいです。

また、お出でん時、私の宿(うち)に是非ともお泊りください。

そん時、一緒に戴きますから。今日、お代はいりません、

後からください。全然いらん、後から戴きます」

「そうですか。今日じゃなし、また来た時、良いですか」

そいぎぃ、また来た時、泊まらんても言われんもんだから、

若(わっ)か者(もん)はそのまま帰ったわけ。

ところが、家(うち)に帰ったら忙しい、忙しい。

もう仕事ばっかい溜まていたから、

忙しくて旅行どんすん暇なし、二年も行かんじゃった。

あったぎねぇ、二年目にその宿屋からねぇ、請求書のきたて。

見てみたぎぃ、恐ーろしか沢山(よんにょ)お金ば書いてあっちゅうもんねぇ。

卵一ダース分、その卵の一ダースから、ひよこが一匹ずつ生まれて、

そうしてそいがまた卵を持って、その卵がまた茹で卵して、

もう初めの茹で卵の一ダース分が、二十四匹にもない、

倍(ばえ)倍倍になって、莫大な請求のきて、

もうちっぽけな稼ぎのなかでは、代金は払いえんで、困った、困ったて、

来る日も来る日も、請求書のことばっかい考えとっ。

そうして、仕舞いに書いてあったて。

代金ば払わん場合には、裁判にかくってまで。

「こんなに沢山のお金なら、裁判にかけたかろう。

そいでも、お金のないのは払われん。困った、困った」

て言うて、もう自分の道を、そのへんをウロウロ、ウロウロ、

顔はしかめ面(つら)して、心配そうにウロウロ、ウロウロ歩きおった。

ある日、お年(とし)寄(お)りに会うた。お年寄りが、この若か者ば見て言んさっごとに、

「若いの、何(なん)かあなたは心配そうで、

昨日(きのう)もここをウロウロ、ウロウロしよったけど、

何(なに)がそんなに襲って心配があるんだねぇ」

「そうですねぇ。チョッとお爺さんには関係のないことだけど」

「でも話してご覧。話ばっかりは聞いてあげるよ」て、お爺さんが言った。

「そうですか。実は私は宿屋に二年ばっかい前に泊まって、

一ダースの茹(い)で卵を食べたんです。

ところが、その一ダースの茹で卵から、ひよこがまた一ダースも孵(かえ)って、

一ダースが倍(ばえ)倍になって、随分お金の支払いが沢山なって、請求書が送って、

『これに応じないと裁判にもかける』ち、言ってきていた。

心配はたまらんです。ウロウロして毎日、そのことが心配で心配でたまりません」

ち言(ゅ)うたて。そいぎぃ、ジーッと聞いてお爺さんが、

「そいぎぃ、あなた、証人ばあ」て。

「誰(だい)か証明してくるっ人があるでしょう」

「いいえ。その証人が誰(だーい)も私が行たこの宿屋に泊まって、

他には誰(だれ)ーも、宿屋の主人がいるだけで、他には人影もなかった。

誰(だーい)も証人がないから、証人が茹で卵を一ダースだけと言うことを、

もう食べてしまったから、ひよこは産まれないと思うけど、

証人がいてくれたら、そいを証明してくれる物が何もない」ち言(ゅ)う。

「そいが悩みだ」て。

「そう。そいぎ私が証人になりましょう」

「お爺さんが証人になってくれますか」

「私という、信用しないかい」て。

「いいえ。証人になっていただいた、お頼みします」

「そいぎ私も、年は取っても証人ぐらい引き受けるよ」

お爺さんは易々と引き受けた。そいでも若者は不安でたまらんで、

裁判のとうとう呼び出しのきてしまったんです。

呼び出しのきたから、裁判所に若者が行ったら、

あの宿屋の主人は意気揚々として、もう今にも自分が勝ったような顔をして、

ニコニコして、もうそこにデンとして肩いからかして、座っとっ。

そいでも、こう裁判の会をズーッと見渡しにいけば、

あの証人になってくるっお爺さんの姿は、見かけない。

お爺さんは来ていない。

お爺さんは気休めに、私に証人になると言ってくれたのかなあ、

と思っているうちに、だんだん時間が経って、裁判官が、判事か何(なん)かが、

「今日の、あの、判決を申し渡します」ち言(ゅ)うて、読みかかったて。

その、立って読みかかろうでした時に、

入り口の方がパーッと、ドア開かって、あの爺さんが、

「ヤア、ヤア、遅れて申しわけない、申しわけない」ち言(ゅ)うて、顔ば見せた。

ああ、あの爺さんが来たけど、

うまいとこいくかどうかわからんから、若者は緊張しておったら、

「私はねぇ、今日もう、証人になるから遅刻をせんで来ようと思ったけど、

お隣の人が豆を蒔こうでしたら、家(うち)の豆はみーんな湯がいた豆、

煮た豆ばっかいじゃったて。煮た豆を蒔いても種はでませんねぇ。そいぎぃ、

『お宅にはまーだ煮らん豆がありゃあせんかあ』て言うて、

家を頼って来たから、そいば探そうで、もう手間取って、

こんなに遅刻し、やあ、申しわけない。本当に申しわけない。

もう煮た豆からは幾ら蒔いても芽がでませんからねぇ」て、重ねて言うた。

そいぎそいを聞いた裁判所の人、はたと手を打って、

「なるほど、茹(い)で卵の方からはひよこは孵(かえ)らん」て言うて、

初めの請求書のどおり、一ダース分の若者には、

茹(い)で卵代を支払うように命じて、この裁判は終わった。

めでたく終わった。

そいで宿屋の主人は、

「赤恥かいた」ち言(ゅ)うて、ソロソロと帰って行ったて、終わり。

それまでです。そいばっきゃ。

(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P583)

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