嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしのこと。

雨の降る晩にねぇ。

若(わっ)か者(もん)が一人(ひとい)で墓ん側ん道ば通いよったてぇ。

そいぎねぇ、赤ん坊がしきりに泣きおっちゅうもん。

ぎゃん夜(よ)さい墓で赤ん坊の声んすんにゃあ、

不思議かにゃあ、と思うて、行たてみたて。

そいぎぃ、お墓の上に黒(くろ)ーうか野良猫がさ、

赤ん坊のごてぇして鳴きおっちゅうもん。

「あらー、猫の声じゃったあ」ち言(ゅ)うて、ビックイしたちゅう。

そうして、一時(いっとき)ジーッとしとったぎぃ、

不思議なことにばい、墓の中(なっ)から声んしたて。

「その鳴き声でよろしい」て、言うたてじゃんもん。

あったぎぃ、ニャオーン、ニャオーンて、

鳴きよった猫の鳴き声の急にパターッて、やんだ。

若か者な、おかしかねぇ、と思うとったいどん、

怖(えす)かもん見たさでジーッと隠れて、

しゃがんで、聞きおったぎねぇ、お墓ん中(なっ)から、

「明日(あした)さい、古田さんの家(や)に行たて、

赤ん坊の泣き声ばすっぎぃ、そのうち赤坊が三遍くしゃみばすっぎっさ、

赤ん坊の魂ば抜き取って来らるっばい」て、言うたて。

あら、恐ろしかあ、と思うて、その男はおんしゃったて。

「赤ん坊が三遍くしゃみばすっぎんとにゃ、言いですねぇ」

ち言(ゅ)うて、猫もまた言うてじゃんもん、黒猫の。

そうして、墓ん中で、

「そうだ。しかし、大人が、『アア、アア』と、言うぎぃ、

ありゃ全部(しっきゃ)あ、元も子もなか。

駄目になっけん、早(はよ)う帰って来い」て、

またそがん墓ん中から、そぎゃん言うて。

そいぎ黒猫はそこで、オギャアーオギャアーオギャアーて、

何度でん鳴く稽古をして。

そうして、おらんごとなったて。

ほんに若(わっ)か者(もん)な初めて墓原(はかわら)ば通ったぎぃ、

ほんに薄気味の悪うなって、もう駆け足で家(うち)さい帰んしゃった。

そうして、朝早(はよ)う、毎日働きおったが、

その日だけは仕事もとうとうやめてせんじゃったて。

「あの墓道を通ったぎぃ、何(なん)か気味悪うなって、仕事も休んだ」て。

そうして、考えよったら、古田さんの家(うち)にゃ赤ちゃんがおっかにゃあ。

あいどん、どうろ(ドウモ)、あの赤ちゃんの魂ば抜いて

死んごと言いよったにゃあ、と思うて、ヒョッと床から起きて、

古田さんの家(うち)行たてみたぎぃ、もうあの黒猫の屋根の上におって、

オギャアーオギャアー鳴きおってじゃんもん。

そいが、赤ん坊の泣き声ソックイてじゃんもんねぇ。

そいぎぃ、古田さんの女将(おかみ)さんが、

「ほら、ニャンコちゃんが、『オギャアー、オギャアー』鳴きよんねぇ。

おかしかねぇ」ち言(ゅ)うて、赤ん坊ば抱っこして庭さい出て赤ちゃんばあやしおんさっちゅう。

そいぎ若(わっ)か者(もん)な、あらっ、と思うて、

昨日(きのう)の夕方のことば思(おめ)ぇ出(じ)ゃあてぇ、

「こんにちは」て、言んしゃったぎぃ、

「今日(きゅう)は、お仕事から早(はよ)う帰んさったですなあ」て、

その赤ん坊抱っこした叔母さんの言んしゃったけん、

「ハアー」ち言(ゅ)うて、そこそこに挨拶(あいさつ)ばしてさ、

しおったぎ一時(いっとき)ばっかいしたぎぃ、

赤ちゃんは、ハクションて、したてじゃんもんねぇ。

ありゃ、こりゃいかん、と思うて、若(わっ)か者(もん)が、

「アア、アア」て、そのハクションば止めようで思うて、

立て続けに言んしゃったぎねぇ、三度も、

「アア、アア」て言うたぎぃ、屋根の上に黒猫のおったとのジロッて、

若か者ば見てさ、何時(いつ)のはじゃ(間ニ)じゃいろうか、おらんごとなった。

そいぎぃ、若か者は昨夜(ゆうべ)墓ん所で幽霊のした話をしたぎぃ、古田さんな、

「ああ、そぎゃんことのあったとですか。家(うち)の赤ん坊の命の恩人です」て言うて。

そうして、その晩は古田さんの家(うち)でお御馳走になって、そうして帰って来(き)んしゃったて。

そいぎぃ、詳しゅう話(はに)ゃあて、

「赤ん坊ば『クシャーン』て、くしゃみすっぎぃ、じき、

『アア、アア』て、言わんばらんとばい」て言うて、教えて帰んさった。

そいぎぃ、そのへんでは赤ちゃんの大きゅうなんまで、赤ちゃんが、クシャーンてすっぎぃ、

「アア、アア」て言うとが、もうこいが習慣になったちゅう、ね。

そういうことです。

(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P839)

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