嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしむかしねぇ。

一人の少年がおったてぇ。

そうーして、その少年なねぇ、もうほんーに商売上手てじゃんもん。

あったぎもう、あいも手つけ、こいも手つけ、

反物(たんもん)屋もすれば醤油屋もすれば、

或いは、その、薬(くすい)屋もする。

もう何(なん)でもかんでも、もう、手広く広げてねぇ、

恐ろーか何でんしおったて。

あったぎぃ、世の中成りゆきでね、不景気のきたぎね、

一遍にこの人を差し押さえすっごとなってねぇ、もう失敗しんしゃったて。

そうーしてもう、裁判所まであぎゃんと呼び出されて、

借銭の多(うう)してねぇ、あすこにもここにも、もう借銭だらけじゃったて。

もう、そいぎねぇ、ある日のこと、立派な商人じゃったいどん、

しょげて帰って来てね、あの、ショボショボとなって来て、奥さんに言んしゃには、

「とうとう裸一貫になってしもうたあ。

ここの家(うち)も人手に渡らんばらん。

何でもかんでも失(うしの)うてしもうたあ。

もう何(なーん)もなか」て言うて、

もう落胆してションボリしとんしゃってじゃんもんねぇ。

そいぎぃ、奥さんの言んしゃっぎぃ、

「あんさん、私もそいぎぃ、借金のかたに取られたですか」

「居座っとってぇ。馬鹿な、お前(まい)は人間じゃんろうもん。

お前は誰(だが)取っていくかあ」て。

(あいどん、昔ゃねぇ、借金のかたに娘ば取っていくちゅうともあったけど。

まあ、そん時ねぇ、物ばっかい差し押さえじゃったて。)

「ああ、良かったあ」て。

「私ゃ借金のかたに取られんですね」

そいぎぃ、子供達ゃあ、子供は三人も四人もおったと。

「子供もそぎゃん借金に持って行くもんかあ」ち。

「そいぎぃ、あなたあ、何もかにも無(の)うなったじゃないですよ」て。

「私もちゃあーんと、他所(よそ)さいおっ取られてはって行くじゃなし、

子供もおっ取られてはって行くのなかったら、物や金は私たちが

今まで働いたもんだから、そいを失なしたばっかりだから、

今からまた元気出して二人(ふたい)でやり直しましょう」ち言(ゅ)うて、

「失敗はするですよう」て言うて、奥さんが元気づけたて。

そいしこ。

(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P838)

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