嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)
ねぇ、恐ろしか強かごとして、あがーん髭(ひげ)もくじゃの怖(えす)かごたっ閻魔大王さんでんね、病気しんさっことのあっとよう。
むかーしむかしのこったいねぇ。
閻魔大王さんの病気しんさったて。そいぎねぇ、
「もう地獄に来(き)とん者(もん)まででん、誰(だい)じゃいろう、閻魔大王さんの病気を治すことのできる者のおらんやろうかあ」て言うて、地獄中てん捜しんしゃったあ。
「娑婆から誰(だい)じゃい良かーお医者さんの地獄さい来てどみゃおんみゃあかにゃあ」ち言(ゅ)うて、捜しんしゃった。
ところが、誰(だーい)も地獄さにゃあ来とっ医者さんらしか者は、一(ひと)人(い)もおらんじゃったちゅう。そいぎ閻魔さんな、
「そいぎぃ、娑婆さいいっちょ行たて、そして良かー医者さんば連れて来てくいろう。俺(おり)ゃもう、ほんなこてもう、きつか目合(や)あよっけん、早(はよ)う連れて来てくいろう」て、言んさった。そいぎぃ、青鬼はもう、
「どがんしゅっなかねぇ。早う捜(さぎ)ゃあて来(こ)んばあ」て言うて、娑婆さい行ったちゅうもんねぇ。娑婆さい行く時、
「どぎゃんすっぎ良か医者さんてわかろうかあ。娑婆は初めて見っとがあ」ち言(ゅ)うて、聞いたら、
「そりゃあ、わかりきっとっ。病人は沢山(よんにゅう)うっこんずいして(「うっ」は接頭語的な用法。積ムヨウニ沢山ノ人ガ集マッテ)来とっ所が良かお医者さんに決まっとっくさーい」て、閻魔さんが教(おそ)えんしゃったて。そいぎぃ、閻魔さんの言んさったことば聞いて、そうして、その娑婆さい行たてみらしたちゅう。ズーッと行きよんしゃったぎねぇ、ほんなこて玄関先まで、
「先生、先生。早(はよ)う診(み)てくれんば死んばい」て言うて、沢山(よんにゅう)もう押し掛けとっ医者さんどんのおんしゃったて。
そいぎぃ、ここに行かんばとても良か医者さんななかばーい、と思うて、行きんしゃったぎぃ、
「冗談(ぞうたん)のごとう、私(あたい)どままあーだ彼(あ)の世(よ)さいは行かれんけん、お前(まい)さんのごたっ鬼ていうとどま後回しも後回し」ち言(ゅ)うて、一(ひと)人(い)でん譲ってくれんちゅうもんねぇ。そいぎぃ、またやあなかから(間カラ)入ってみたが、
「冗談のごと、私どま、まあーだ彼の世行きゃもっと先んこと」て言うて、恐ろしか見幕で断わらるっ。
そいぎぃ、日の暮るっまで待ったっちゃ、明日(あしちゃ)あまでかかっこっちゃいわからん。早(はよ)う閻魔さんに良か医者さんば連れて行かんばらんとけぇ、困ったにゃあ、と思うて、ズーッと、そこはフラフラ行きおったぎぃ、看板は「病院」て、書いてあったちゅう。そうして、誰(だーい)もおらんじゃったちょうもんねぇ。そいぎぃ、そこさにゃ行たて、こかあ、良か塩(ん)梅(びゃあ)じゃったにゃあ、と思うて、
「ごめんなさーい、ごめんなさーい」ち。「お医者さん方(がた)は、こなたやろうかあ」て、聞いたぎんと、
「そうです」て、言う声のしたて。
そいぎぃ、良かったにゃあ、こけぇ行たて頼まんばあ、と思うて、頼んでみゅうで思うて、玄関から行たどん、誰でんおらじぃ、ヒソーッと、しとんさったちゅうもんねぇ。そうして、ドアの中では、すすり泣きして泣きおんしゃったあ。そいぎぃ、
「こなた、お医者さんば申し受けたかですけどー」て、言んしゃったぎぃ、
「冗談(どうたん)のごとなたあ。お医者さんな今朝方、病気で極楽さいちぃ(接頭語的な用法)はって行きんさったあ」て、言んさったてじゃんもん。そいぎぃ、青鬼はビックイたまがいして、そりゃあ、極楽に行きんしゃらんうち、早(はよ)う家の閻魔さんの病気は見てもらわんばならんと思うて、行きんさったいどん、もう極楽にさ、はって行きんさった後(あと)じゃったて。誰(だーい)もおらんじゃったところも、お医者の病気して死んどんさったて。
そいばあっきゃ。
(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P630)